閉ざされた空間2 幸運を祈るぞ、勇者達よ
「サウンドオンリーならぬ、テキストオンリーかいっ」
俺が呟くとマイがくすっと笑った……おお、さてはあのアニメは見てるのか?
途端に、エレインが叫ぶ。
「ハヤト、卑猥な笑みを浮かべてる場合じゃないわよっ。このクリア条件見てっ」
「だ、誰が卑猥な笑みかっ――て、ぬう」
新たに出たテキスト文字をささっと読み、俺は思わず立ち止まった。
これは……想像以上にひどい……かも。
【宝箱には罠などないが、開けるためには試練をクリアする必要がある。その試練とは……これまで汝らが戦って倒した魔獣のうち、最もレベルの高い魔獣に、+10レベルした魔獣を倒してもらおう。なに、別に一人で倒せとは言わない。サービスでパーティー全員でかかってよいとする】
「ていうことは、今朝方のウイングドラゴンがレベル26だったから、あれがトップだろう。となると……レベル36!」
「えぇええええええっ」
黄色い悲鳴を上げたエレインは、だいぶパニックに襲われたらしい。
「そんな高レベルって、プレイヤーの中にすら、いるかどうか怪しんだけどっ」
間の悪いことに、追加でメッセージが流れた。
【もちろん、倒せない場合もあるだろう。その場合はペナルティーとして、結果に限らず、エース以外の一人を退場処分とする。幸運を祈るぞ、勇者達よ……くくくっ】
「今回は、最後までメッセージだけかっ」
しかも文章だけなのに、またもや笑いが入ってるしな!
「いやぁ、性格悪そうな」
「ど、どうする!?」
エレインが俺を見たが、どうするもこうするも。
「マップに反応が出ましたっ。この先に魔獣の光点です!」
マイの緊張感たっぷりな声がした。
俺達が一斉に前方を見ると、なるほどまだ姿が霞んで見えるが、確かに四つ足の魔獣がいる。しかしこれ……だいぶデカいぞっ。
「今朝の、ウイングドラゴンに近いデカさだっ」
素早くステータスを見たのか、マイが緊張した声で教えてくれた。
「レベル38! 漆黒の魔獣フェンリルですっ」
彼女の声と、そのフェンリルがダッシュしてくるのが、ほぼ同時だった。
こちらの魂をひしぐような吠え声を放ち、驚くべきことに、トンネルの壁がビリビリ震えた。あと、レベル的に、ちょっと規定より上乗せされてないか、くそっ。
敵の見た目は、巨大化した漆黒の狼だが、学校で見かけた狼タイプの比ではない。向こうが可愛い子犬に見えるような、凶悪かつ獰猛な顔してやがる。
目は金色だし、迫力ありまくりだっ。
「散開しようっ。固まってたら、まとめて殺られるぞっ」
叫んだ俺が率先してフェンリルの右手に回ると、マイは俺に続き、エレインは左手に回った。
しかも、早速魔法付与の長剣を抜き、激しい気合いの声を放つ。
フェンリルが、なぜか真っ先に俺を睨んだので、チャンスだと判断したようだ。
「戦神シエラよっ、我に祝福を!」
即座に疾走し、そしてフェンリルの至近でジャンプ、なんと思い切って首筋に斬りつけた。
見かけ通り、大胆なねーちゃんだなっ。
しかし、これは少しまずかったような。
クリティカルヒットに見えたのに、ちょっと鮮血が飛び散ったくらいだ。
しかも、フェンリルは怒りの吠え声を上げ、さっとエレインの方を見た。
「……くっ」
それでも健気に向かっていこうとしたが、フェンリル野郎は巨大な前足を振り上げ、エレインを叩きのめそうとしているっ。
「エレイン、逃げろっ」
そこで俺が駆け出し、俺の名を叫んだマイが後から続いた。
エレインの危機を救うべく、マイがナイフを連続で投擲したが――このクソ巨大な魔獣、なんとナイフを弾き返しやがった。
「そんなっ」
マイが絶句したその時――。
『オォオオオオオンッ!』
「――っ! きゃあっ」
ちょうど、もう一度飛び上がろうとしていたエレインに、フェンリルが吠え声と共に前足を叩きつける。
横殴りの一撃であり、風切り音が聞こえたほどだ。
不幸にもジャンプした直後のことでもあり、エレインの身体はモロに弾き飛ばされ、壁に激突した。
そのまま線路に落ち、動かなくなる。
「やってくれたな!」
俺の眼前が朱に染まった気がした。
「駄目っ、ハヤトさんっ」
マイの声はかろうじて聞こえていたが、足は止めない。
そのまま一気に速度を上げ、エレインに追撃をかけようとするフェンリルの前に飛び出した。