宝箱の中身1 何が入ってたのかな、この人騒がせな箱には
「見たところ、両手ですっと抱えられる程度の大きさだが、そんな凄いもの入ってるのかね?」
諦める理由を探すわけじゃないが、俺はまずチュートリアルに尋ねてみた。
『箱の大きさと中身は、多分関係ないと思います。相手は邪神の混沌ですよ? 開けたことにより、亜空間に待機していたアイテムがぱっと出てくる仕組みかも』
「それじゃ、無視できないですね……」
考え込んだマイがそう述べ、ちらっと俺を横目で見る。
なにやら探るような目つきで、ちょっと気になった。あと、この子はどの角度から見ても綺麗で、いちいちドキドキする。
「おほん。まあ、運悪く30%に引っかかっても、死にはしないだろうさ。ダメージでHPは減るだろうけど」
「そうかもしれませんが……いえ、やはり見過ごすのも無理ですよね」
「そりゃもう!」
そこで俺は、ふと思い出す。
開けて爆発した時、本当に死んだら笑えない。
「先に、確認しよう。自分のHPが今どうなってるか、見てなかった」
『ええっ、馬鹿ですか! まだ見てないんですかっ』
チュートリアルが黄色い声で叫んだ。
『わかってるんでしょうね? HPゼロになったら、死んじゃうんですよ!?』
「ば、馬鹿にすんなっ。知ってるわい、それくらい! さっきウイングドラゴンを倒す前のHPなら、把握してたって! それ以後のをまだ見てないという意味で――ああっ!?」
怒濤の反論の途中で、俺は息を呑んだ。
というのも、静かに宝箱を見つめていたマイが、俺達が争ってる隙にさっと腰を屈めて箱を抱え、猛ダッシュしたからである!
普段のネガティブな俺なら、ここで「裏切って持ち逃げかよっ。おまえは不二子ちゃんか、ちくしょうっ」と思ったはずだが、相手は見た目とのギャップが激しい、アイスドールである。
どうせ、自分が犠牲になって試そうと思ったに違いない!
即座に悟った俺は、反射的に「待てって!」と声を掛けたが、向こうは待ってくれなかった。
むしろ、一層スピードアップしただけだった。
多分、安全圏まで逃げて、ぱっと開けて見るつもりだろう。
「だから、よせって! 加速レベル2っ」
これ使うと後で反動が出て疲れるっていうのに!
内心で愚痴を吐きつつも、俺はスキルを使って自分もダッシュをかけた。
しかし、マイは気配で俺の追跡を悟ったらしく、半分くらい距離を詰めたところで、一瞬膝をたわめて、大きくジャンプした。
おおっ、さすが忍者職っ。普通の女子中学生では絶対に無理な高さまで跳んだぞっ。
「くそっ」
感心しているだけじゃなくて、俺も当然大きく跳んで空中で奪い返そうとしたが、落下の最中に身を丸めてマイが開ける方が先だった。
なんとこの子、あくまでもダメージを引き受ける気で、腕の中に抱え込むような体勢でぱっと開けてしまったのだ。
一瞬、身構えたが、恐れたような爆発音はせず、陽気な電子音みたいなファンファーレが鳴っただけである。
続いてまた、○○出たよっとか、混沌が仕込んだと思われる脳天気なメッセージが流れたが、
俺はマイのそばにずかずかと近寄るのに忙しく、ろくに見てなかった。
もちろん、殴ったり怒鳴ったりする気は毛頭ないが、せめて苦情くらい言わないとなっ。
しかし、ようやく箱を路上に置き、膝立ちのままそっと俺を見上げたマイの顔を見ると、内心の怒りがたちまち霧散してしまった。
「ハヤトさんのために、なにか役に立ちたかったんです……ごめんなさい」
大人びた切れ長の瞳にちょっと涙が貯まっていたりして。
「そ、そんな顔されたら、怒れないじゃないか……」
俺は自分も路上にどさっと座り込み、渋々呟いた。
「だって、ハヤトさんが自分で開けようとしているのがわかったんですもの」
「まあ、それはそうなんだが……て、そうだな……その意味じゃ、先走った俺も悪いか」
素早く俺が開けちまえと思ったのは、事実なのだ。
先読みされるとは思わなかった。
ため息をつき、俺はマイに告げた。
「だけど、次はじゃんけんだぞ、じゃんけん。独断はナシ!」
「はい……次はご相談します」
潤んだ瞳で微笑するマイを見ていると思わず抱き寄せてしまいそうな衝動があり、俺は慌てて意識を逸らした。
「それで、何が入ってたのかな、この人騒がせな箱には」