混沌からの通達2(終) 生き残っている勇者達にプレゼントを用意してやったぞ?
「チュートリアルのような女神も歯が立たない、邪神とやらかっ」
いつのまにか、歯を食いしばっていた。
不思議だが、あまり敵わない雲の上の邪神という意識はあまりなく、心のどこかで、「やりようによっては倒せるんじゃないか?」などと考えていた。
我ながら、無謀すぎる。
そして、またしても混沌の声が言う。
『我らのことは、ほとんどの者がとうに知っておろうが、知らずにいた者も、さすがにパーティーの担当女神から、既に聞いているであろう。だが、安堵せよ。我ら混沌は、ルール違反を冒した者には厳しいが、そうでない限り、ゲームに励むお主達の邪魔はせん。我らは、勇者には優しいのだぞ?』
猫撫で声で言い切った後、一拍置く。
『その証拠にだ、今この時をもって、未だ生き残っている勇者達にプレゼントを用意してやったぞ? 他の者に先に取られぬよう、励むがよい! うふふ……見事、魔獣を倒し尽くした後、最高得点を得て願いを叶える者は、誰になるかなっ。先にはさらなるサプライズもある故、せいぜい生き残って楽しむがよい。……うふふふ……あはははははっ』
楽しそうな哄笑で、どうやら最後だったらしい。
しばらく緊張したまま次の声を待っていた俺達は、どうやら今ので終わりと知り、ほっと息を吐いた。
「綺麗な声なんですけど……なぜか聞いていると、ぞっとするような冷ややかさを感じました」 俺が言おうとしたことを、マイが先に呟いてくれた。
「ああ、全くだ……今のは、人間なんか虫けら以下だと思っているような声だったな」
それと、チビ女神様の声がしないので、俺は気を遣って尋ねてやった。
「おーい、チュートリアル! 息してるか~」
『し、してますよ、失礼なっ』
ようやく元気な返事があり、俺は密かにほっとした。
『ちょっと驚いただけです。それに、少々、嫌悪感もありますし。なにしろ私は、十年前に混沌が我が世界を訪れた時、死力を尽くして戦って、実際に死にかけた思い出がありますからね……未だに、その時のダメージから立ち直れていません』
「それでも絶望しないで状況を動かそうとしているんだから、あんたは大したものだと思うよ」
柄にも優しい声で言ってやったが、俺の本音でもある。
女神の立場で敗北を認めるっていうのは、なかなかしんどいことだろう。神のプライドを思えば、名誉のために死を選ぶ方が楽な時もあるかもしれない。
……てなことをつらつらと言ってやると、彼女は『事実、名誉のために無謀な戦いを選び、散った女神が大勢ます』と暗い声で答えた。
うわぁ、マジだったか。そりゃ、なかなか忘れがたいよな。
かける言葉もないので、俺達はそのままマンションの外に出た。
狭い路地には、ドラゴンが襲った破壊の跡こそ残っているが、例によって死体などは一切ない。まだ立ち上げたままだったマップを確認し、俺は「よし、じゃあ地下鉄に向けて」と声に出しかけたのだが、ふと妙なものを見つけて、押し黙ってしまった。
「ハヤトさん?」
「あ、ごめん。いやほら、百メートルほど先に小さなコンビニがあるじゃないか? その少し手前に、妙なものがデンッと置いてあるんだけど」
「……本当ですね」
すぐにそちらを見て、マイが眉根を寄せた。なんだか、食い入るように眺めている。
しばらくして、悩んでいるような表情で俺を見た。
「でもあれ、どこかで見覚えがあるような形してませんか?」
「してるしてるっ。やっぱりマイもそう思う?」
ていうか、先入観を一切置いて見るなら、ありゃゲームでよく出てくる、宝箱そのものじゃないか? 鉄の補強が入った木製の箱だし。
「もしかして、混沌の言ってたプレゼントって――」
「あの宝箱!?」
俺達は同時に声に出し、同時に足を速めた。
チュートリアルが、『可能性は大きいですが、気をつけてっ』と言ったが、しかし誰かに先に開けられたら、目も当てられん。
混沌は嫌いだが、ゲームに参加している以上、アイテムは欲しい。
幸い、誰も出てくることなく、俺達は問題の宝箱の前に到着した。
途端に、耳障りなアラームみたいな音がして、勝手に視界にスクリーンが立ち上がる。
表示は以下の通り。
《邪神混沌が設置した、宝箱。……本当にお宝は入っているが、盗賊技能が無ければ、確率30%で爆発して、ダメージを受ける》
読み終わった俺とマイが、揃って渋い顔になったことは、言うまでもない。
ああ、どうせ素直にくれないと思ったよ!