混沌という名の女性邪神1 女神達もまた、プレイヤーである
『わかりました』
意外にも、今回のチュートリアルは説明を拒否しなかった。
『マップで見る限りでは、当面敵は見えないので、階段にでも座って楽な姿勢で聞いてください。質問も受けます』
「そりゃ助かる」
「お言葉に甘えます」
俺達は素直に階段の方へ回り込み、その段の途中で並んで座った。
そんな広くない階段なので、ぴったりくっつく羽目になったが、少なくとも俺は慣れ始めていて、むしろくっつくことで少しほっとした。
俺達が聞く体勢に入ったと見るや、チュートリアルはすぐに口火を切った。
『まず、最初に打ち明ける必要がありますが、ハヤトの密かな予想通り、私の故郷である元の異世界から流れてきた女神は、複数います。それに、各女神は最低一つの、信徒からなるパーティーを抱えています。つまり、ある意味では私達女神もまた、この疑似ゲームのプレイヤーなのです。ただ、仮初めにGMの役割を果たしているだけに過ぎません。ハヤトと立場が少し違うだけで、目的は同じです』
そこで、チュートリアルはちょっと眉をひそめた。
『――いえ、他の女神の思惑は多少違いますが、少なくとも私は魔獣を撲滅し、この騒ぎを収束させることを目的としています。ゲームに勝利できれば嬉しいですが、それはぜひともという訳ではありません』
俺はたまりかねて口を挟んだ。
「そりゃまあ、途中から女神は大勢いるかもと思ったけど……全員がプレイヤー同然? じゃあ、ゲームの主催者は誰だ? 主神とか、そういう感じの強力な神様か? それとも、女神達が集まって合議で決めた?」
『ハヤトの予想は半分当たっていて、半分外れています』
ため息と共にチュートリアルは言った。
『当たっているのは、主催者は確かに存在しますし、ある意味では神だという部分でしょう……我々には計り知れませんが、幾多の世界で「邪神」と称されるからには、神であるはず』
「邪神!?」
「いやな響きですね」
俺とマイは、密かに視線を交わした。
「しかし、なんかその言い方だと、チュートリアルの世界と関係ない神様みたいに聞こえてしまうぞ?」
『事実、そうなのです!』
憤りなのか、チビ女神様の口調が激しくなった。
『彼女達の真の姿を見た者は一人もいませんが、噂では、複数の異世界を次から次へと訪れ、同じような方法で破壊して回っているとか。やっかいなことに、その邪神は単一の存在ではありません。少なくとも八体の姿が確認されていて、全員が女性の形態を取っています』
「大勢の上級女神が集まって、同じ目的で動いているってことか?」
混乱した俺が訊いたが、チュートリアルの返事はさらに意表をついてくれた。
『そうかもしれませんが、個人的にはどこか違和感を感じます。もし八体の邪神にそれぞれ別の意識があるのなら、どうして彼女達は「どうしても我らを呼びたければ、個別ではなく、まとめて混沌と呼べ」などと、最初に命じたのでしょうか。あの邪神達は、およそ十年前に我らの世界へやってきて、あの世界の多神教の女神達の半数を、瞬く間に殺戮してのけました。……以後、あそこでは、神を含めて混沌に逆らう者はいません』
「ちょっとちょっと」
俺は段々嫌な予感がして、訊くのすらためらったが――しかし、訊かずに済むわけない。
よって、嫌々尋ねた。
「もしかして、チュートリアルの世界の女神達もまた、今の俺達みたいに、強制的にゲームに放り込まれている? 女神でも歯が立たない邪神ってわけか」
『言ってしまえば、その通りです。ただし、情けないことに、我ら女神も一枚岩というわけではありません。この状況を利用して力をつけるべく、強力な戦士を集めて信徒にしようともくろむ者、あるいは混沌が設定する勝利条件を満たして、自らの望みを叶えようとする者もいます。つまり、意志は統一されていません。さらに言えば、女神たる責任を忘れ、人間と一緒になってゲームを楽しむ者さえいます。嘆かわしいことです』
「ちょっと待ってくれ」
予想外の話ばかり聞かされた俺は、今まで聞いたことを咀嚼するのに、ひどく手こずった。
事前に予想したことと、ここまで違うとはっ。
「こういうことでしょうか?」
聡いマイが、考えつつ述べた。
「その『混沌』という名の八体の女性邪神は、十年前にチュートリアルさんの世界に来て、力尽くで貴女達を従えた。その上で、自らがずっとあちこちで続けてきたこんなゲームを、貴女達にも一部強制した? おそらく自分の代理として、ゲームを管理するGMという役割を与え、異世界へ派遣したのですか? 今、この都内でチュートリアルさんがGMの役割を務めるのは、そういうことだと?」
見事にまとめてくれたが。
もしそれが本当なら、この騒動は予想以上にタチが悪いじゃないか……。