大金星(続かず) 才能値は嘘をつきません
夢中だったので、マンションの床にマイを押し倒したような形になったが、やむを得ない。
幸い、彼女が床に頭を打ち付けることもなく、上手く覆い被さることができた。
「ハヤトさんっ」
「目を閉じて!」
叫んだ次の瞬間にはもう、ゴオッという炎が荒れ狂うような音がして、階段の裏手に伏せた俺達の横で、オレンジ色の炎がちらっと見えた。
「あちちっ」
思わず叫んだし、ちょっと耳上の髪が焦げたりもしたが、それくらいで済んで御の字だったろう。ぶっとい炎だったが、ちょうど俺達がいるそばで勢いを失ってくれたからだ。
ただし、時を同じくしてバサバサッという羽ばたきの音がしたかと思うと――。
それに続いて壮絶な破壊音がして、エントランスの扉が二枚、またしても俺達の横をすっ飛んでいった。
半秒後に、エレーベーターホールの壁に当たったのか、ガンッと荒々しい音がした。
「なんか、ヤバい予感がっ」
そこで油断せず、俺はまた跳ね起きて階段裏から飛び出す。
行動して正解だった。
なぜなら――どう見てもドラゴンにしか見えないでっかい頭が、エントランス内に長い首を突っ込んでいたからだ。
口の中に、冒険者じみた服装の男がちらっと見え、そのまま咀嚼されてしまった。
そして、ドラゴンの巨眼がぎろっと俺を見据える。
同じ奴かどうかは知らんが、こいつ多分、昨日ヘリを落としやがったのと、同じ魔獣だなっ。
『ウイングドラゴンですっ。レベル25を越えてます! 退避できませんかっ』
俺の索敵より先に、チュートリアルが叫ぶ。
「無理いうなよっ。奥はエレベーターホールで行き止まりだぞ!」
その時には、もう俺は猛ダッシュしている途中だった。
どうせ背後に逃げ場はないし、路上に浴びせたあの炎ブレスみたいなのを、このエントランスホールで吐かれたら――
直撃を避けても、確実に蒸し焼きになるっ。
今度こそ助かるまいっ。
刹那の間にそう判断して、身体が自然と動いたのだ。
「ハヤトさんっ」
背後から叫び声がして、マイが追ってくる足音がっ。
しかも、ドラゴン野郎が大きく息を吸い込み、ゴオッという風の音がした。
「また炎を吐こうってか! そうは行くかっ。加速レベル2っ」
ギィンっまた音がして、レベルを上げておいたスキルが発動するのがわかった。俺はその時点からさらにぐんっと加速し、大きく床を蹴る。驚いたことにエントランスの天井付近まで跳躍したが、そこで半回転し、天井を足で蹴った。
ようやく上を見ようとしているドラゴンの頭部めがけ、真っ逆さまに落下していく。
「――勝負だっ」
最後の瞬間、俺は抜いた魔剣を思いっきり奴の頭に突き立てた。
「グギャアアアアアアアッ」
背筋が寒くなる大絶叫の咆吼と共に、ウイングドラゴンの巨体が派手に痙攣した。しかもそこで、マイが全力で投げたナイフが、眉間にぶっ刺さった! さすがっ。
ドラゴンは、最後の悪あがきで首を大きく振り、俺の身体を振り落とす。
「――っ! ととっ」
横の壁にぶち当たりそうになったが、半回転して壁を蹴り、なんとか無事に着地した。
「き、奇跡かっ」
着地した時点で自分でもそう思ったのだから、立ち止まったマイが驚くこと驚くこと。
この冷静な子でも、こんな驚愕の表情を見せることがあるんだなと、感心したほどだ。
ただ、これ以上向こうが抵抗したら、後はどうなったかわからなかったが、幸い、奴はそのままがくりと頭を傾け、そのまま巨体が薄れていった。
死亡してくれたらしい。
一拍遅れて、脳天気な音と共に、視界の隅に表示が出た。
《ハヤト、レベルアップ! レベル7→26。大金星、やったね!》
「わたしまで、凄く上がっちゃいましたけど……いいんでしょうか」
「同じパーティーだから問題ないだろ。で、今のレベルは?」
「レベル5から17に上がってしまいました」
「申し訳なさそうに言わなくても」
俺は苦笑して、チュートリアルに訊いた。
「しかし、俺のレベル、いきなり上がりすぎじゃないか?」
『この疑似ゲームは、運は考慮しても、戦闘にまぐれはないと規定しています。倒せるはずのない魔獣を倒した場合、ボーナス値がついて、倒した魔獣と同じレベルとなります。マイさんの場合は、戦闘補助なので、それなりですね』
チュートリアルまで、そう言いつつも驚いたような声音だった。
『わたしはこういう働きをハヤトに期待していましたが、いざこの目で見ると、驚いてしまいますね……やはり、才能値は嘘をつきません』
「それは置いてだ」
照れもあったが、俺は肝心な話に戻した。
「そろそろ、このゲームのクリア条件と詳細を教えてほしいぞ!」




