街をうろつく新たな光点1 赤でも青でもない、グレーだっ
俺とマイを外に転送するに当たって、チュートリアルは「ルール上、どうしても元の校舎から、半径五百メートル以内に限ります」と、嫌なことを言ってくれた。
キャンプに転送するのはどの地点からでもアリなのに。
でもまあ、そりゃ一応はゲームの体裁を取っているのだから「都内のどこへでも転送してやる」では、締まらないだろう。
このクソッタレゲームのルールを作ったのは、誰なのか知らんが。
というわけで、俺とマイは、元の私立高の校門前に転送してもらった。
あえて学校のすぐ近くにしたのは、もしも校内に誰か残っていたら、校門から確認できないかと思ったからだ。
――しかし、どうやらそっちの心配は無用だったらしい。
「よし、いない!」
俺は出現するなり、早速マップを立ち上げ、立体透過図となった学校を調べたのだが。
敵を示す赤い光点も、味方を示す青い光点も、少なくとも校内には全く見当たらない。
我が母校は、ついに空っぽになったらしい。
「なんとなくわびしいが……しかし、中に誰か残ってて、助けに行くことを思えば、まだマシだったかな」
「そうですね。それに、私達には目的もありますし」
「うん……食料確保と、アレだな」
チュートリアルも聞いているだろうから、俺はわざとボカした。
「この周囲に敵は?」
「いることはいるが、思ったより少ない。東に二匹と南に五匹……それに、どこかに隠れているらしい人間を示す、青い光点もあるね。だけど、助けにはいけない。都内中の全員を救出して回ることはできないんだから。その人達はその人達で、やってもらうしかないだろう」
我ながら非情だとは思うが、俺達だって命がけには違いないのだ。
「あと、このマップで見られるのは半径500メートル圏内だけなので、今は視界に出しっぱなしにしておく。今のところ大量の食料は見当たらないけど、索敵の意味でも」
俺は肩をすくめる。
「このあたりって、コンビニくらいしかありませんものね」
周囲を見渡し、マイがため息をつく。
うん、実際記憶にあるコンビニの位置と、マップが示す黄色い四角形の位置は、見事に重なってるな。小さな黄色い四角形が一つしかないところと、二つあるところがあるが、これはおそらく、残っている食料の量と見た。
「俺達だけなら、コンビニに立ち寄って食料をかき集めたら、かなり保つんだけど……目標はそんな少ない量じゃないからなあ……それにしても、静かだ」
俺は、普段なら有り得ないほど物音がしない周囲を、不機嫌に見やる。
遠くで魔獣の吠え声はするし、マップを見りゃ、数名ほど探知範囲に人が隠れていることもわかる。
しかし……半径500メートルのうちの数名じゃ、そりゃ物音なんかするはずない。
「ハヤトさん?」
「あ、ごめん。とにかく、移動開始しよう。当面はこの近くの地下鉄の駅を目指す。地下の状況を調べて、通れそうならそこを通るんだ」
なにげなく歩き出すと、マイも頷いて従ってくれた。
朝、洗面所で並んで歯を磨いていた時、マイにはこそっと言っておいた。
なによりも先に、まず東京タワーへ行く、と。
沢渡さんのせっかくの暗号なんだ。無視せずに、ちゃんと調べないとな。
俺達が思う以上に大事なことかもしれないし。
仲良く肩を並べ、俺達はあえて路地裏のような狭い道を選び、進んでいく。しかし、路地といえども、破壊の跡が結構ある。
左右に並ぶ店舗はガラスが割れ放題だし、路上にポリバケツのゴミがぶちまけられていたりする。逃げる途中で、誰かが蹴躓いて倒れたらしい。
「敵味方の死体がないだけマシ――そうだ、それを昨晩訊こうと思ってたんだ!」
今頃になって思い出し、俺は思わず足を止める。
「どうせ秘密だろうけど、なんで死体が消えるのか、訊くだけはって」
「それならわたしもずっと引っかかっていたので、ハヤトさんがお休みの時に、既に尋ねてみました」
「おおっ、マイはできる女の子っ」
速攻ベタ褒めして、早速尋ねた。
「で、理由は教えてくれた?」
「チュートリアルさんの故郷である異世界のルールが、今や都内を覆う結界内にも適用されているから、だそうです」
「どういうこと?」
それでわかったら、天才だって。
「わたしもちゃんと理解したわけじゃないですが」
断りを入れた後、マイは憂鬱そうに説明してくれた。
「元の異世界では、大勢の女神が大陸各地を分割管理していて、死者が出ると肉体ごと、担当する天上の女神の元へ帰るのだそうです。だから、死ねばなにも残らないとか。そして、今や異世界と地続きになったこの都内にも、全く同じルールが適用され、日本人のわたし達まで、死ねば同じ運命を辿ってしまう……そういうことだと」
「おいおい、チュートリアル! それってつまり、この騒動の犯人は」
俺が糾弾しようと呼びかけた途端、いきな出したままだったマップの一点が光った。
「わっ、マップに反応がっ。探知エリアの外から来たらしいけど――」
「敵ですかっ」
「いや、それが」
俺は眉根を寄せた。
この光点、おかしいぞ……赤でも青でもない、グレーだっ。