出撃直前1 やっぱり東京タワーのことだよな?
すっかりのぼせて風呂を出た後、俺は適当な部屋を選んで、自分の私室と決めた。
まあ、後でマイと相談してちゃんと決めるが、入浴の後で彼女の姿が見えなくなったので、相談は明日でよかろう。
だから、端っこの部屋を選んでベッドに転がり込み、そのまま死んだように眠り込んでしまった。
翌朝……目が覚めた俺は、下着からシャツとジーンズに着替え、あくびをしながら廊下に出る。出た途端、隣の部屋のドアが開いて、マイが姿を見せた。
「えっ」
純白のガウン姿で登場したのを見て、思わず声が洩れてしまう。
長い髪が湿っているし。
「ええと」
「朝からお風呂に入っていたんです」
またかっ。
女の子はすげーな。
感心した俺に、マイはわざわざ説明してくれた。
「訓練用のダンジョンがあったでしょう? 早朝からアレに入っていたんです」
「えぇえええええっ」
さすがに驚愕した。
「ていうことは――昨晩、風呂出てから少し休んで、また起きてダンジョン潜り、てことか?」
「はい。それでさっき戻って、またお風呂に入ったわけです。今は歯を磨きに洗面所に」
そこで上目遣いに俺を見る。
「ここの洗面所は広いです……一緒にどうでしょう?」
「あ、はい」
俺は驚いたまま、頷いた。
関係ないけど、そばに立っていると、かつてないほどこの子の香りがする。さすが風呂上がりの女の子。
昨日から生まれて始めてのことが続くが、俺は早朝からマイと肩を並べて洗面所で歯磨きした。もちろん、これも始めてだ。
その後、朝食はパンと紅茶で済ませ、いよいよチュートリアルが待つ売店の前に集まった時には、だいたい九時前くらいだった。
気分すっきりで、ようやくまた魔獣まみれの外に出て行く気になったと言えよう。
「謎暗号の答えであるタワーって、やっぱり東京タワーのことだよな?」
装備やらクラス分けの話の前に、俺は口火を切った。
これでも一応、手紙のことをつらつら考えてはいたのだ。
「そうですね。スカイツリーも広範囲のタワーですけど、わざわざ遠回しにタワーとは書かない気がします」
マイも同じことを考えていたらしい。
「この世界には、他にタワーってないんですか?」
売店の椅子にちょこんと座ったチュートリアルが尋ね、俺は腕組みして答えた。
「そりゃ幾らでもあるさ、名前のつくタワーなんて。だけど、都内に住む俺らみたいなのが、あえてタワーなんて暗号を出すからには、一番有名なところを考えるべきだろ。つまり、東京タワーが最も怪しい。問題は、そこになにがあるかってことさ」
「沢渡さんは、本来ならそれも書きたかったのではと思います。でも、そうはいかない状況だったのでしょうね。黒崎さんに文章を見られるとか」
「うんうん、あいつはきっとチェックしたろうな」
あいつ、そういうところはしっかりしているような気がする。
「で、チュートリアルはそこに何があると思う? これが怪しいってのないか?」
「い、いろいろなケースが考えられます」
困惑したように言ってくれた。
「黒崎さんが拠点としている場所があるのか、あるいは、彼の上にいる女神がそこにいるか」
「あんたが、ここにいるように?」
直球で尋ねると、ふいにはっとしたように俺を見上げた。
「有り得る話です! そうだとすれば、暗号など忘れて行かない方がいいです。間違っても、女神に攻撃しようなんて思わないでください。相手は神ですからねっ」
自分も同じ立場だろうに、必死で俺に忠告してくれた。
「いや……俺だってなんの理由もなしに、いきなり女神様に特攻かけるほど、性格破綻してないって。あの黒崎が従ってるくらいなら、勝てるような相手でもないだろうし」
――でも、なにがあるのかは確かめないとな、と言いかけたのに。
先にチュートリアルが安堵したように頷いてしまった。
「そう、そうですっ。わかっているのなら、いいんです」
しかも、あからさまに話を変えてしまう。
「では、この前の続きで、クラス分けから始めましょう」
明るく言ってくれたが、随分とわざとらしかった。
マイが眉根を寄せたのも、俺と同じ気持ちだったからだろう。
クラス分けも必要だが……東京タワーの件は、どうあっても確かめる必要があるな。