現状確認1 貴方達には、情けというものがないのですかっ
役に立たないスマホで時刻を確認すると、今はまだ十九時だった。
十月なんで外は真っ暗だろうが、それにしても意外に時間は経っていない。
疲れがないとは言わんが、まだ眠るには早かろう。
「みんな、納得してくれましたか?」
三人で中央通路まで戻ると、マイがふいに尋ねた。
相手はもちろんチュートリアルで、白地に蝶柄という可憐なゴシックドレスの彼女は、たちまち顔をしかめた。
「いえ……納得にはほど遠いですね。妥協したのは、『しばらく滞在する』という部分のみです。とくにあの先生は、中原君に会わせなさいっの一点張りでした。積極的に信徒になろうという人はいなかったです」
それも持ちかけたのか!
俺は呆れたが、信徒の存在も女神の力の源と聞いた気がするし、チュートリアルにとっては大問題なのだろう。
「そういえばハヤト、貴方へのメモを預かっています。それぞれ生徒達が、自分の住所を書いて私に託しました」
「そうか! 約束したからな、家を見に行くって。住所聞きに戻る必要なくなって、助かった」
「でも、彼女達も信徒にはなってくれませんでしたね」
チュートリアルは寂しそうにいい、ふいに通路外の人工芝みたいな区画を指差す。
すると、そこにふかふかの大きなソファーセットがボンッと登場した。
小さなテーブルを挟んで、向かい合ってソファーが置かれている。
「奥にも談話室的な場所はありますが、雨が降るわけじゃないので、とりあえずここで相談を」
チュートリアルが一方に座ったので、俺達はその向かいに座った。
なんだかいつになく元気ない様子なので、俺はおずおずと提案した。
「あのさ――どうしても信徒が必要なら、混乱の街で無差別に人を集めたらどうだ? 多分、今の状態ならいくらでも避難したい人はいるだろう。避難所に集まったうちの何名かは、信徒になってくれると思うぞ」
「それは本来、協定違反です。今は詳しく説明できませんが、禁止事項なんですよ」
チュートリアルは首を振った。
「それに信徒は誰でもいいというわけじゃありません。最初の信徒はその限りじゃありませんが、本来、それ以降はこちらから恵みを提示して甘言で得るのではなく、人間側の自由意志に任せないといけないのです。神が自分の信徒を、なりふり構わず勧誘するなど、あってはならないことですからね。それに、私だって自分の信徒は選びたいですよっ」
むきになって俺を見る。
「本来、私達の世界では、女神の信徒は数じゃなく、質で勝負するのが普通ですし。もっとも今の私は、そんな贅沢言える立場じゃないですがっ」
「難儀な世界だなぁというのは置いて……俺は、あんたの最初の信徒なのかよ!」
「あ、いえ。最初というか」
チュートリアルはたちまち顔が赤くなった。
「正確には――少し前に信徒が途絶えて以降の、『上級女神への大逆転復活計画』への道程における、その最初の一人です」
……なんという中二病的計画名!
先行きが不安だし、マイも微妙な目つきだぞ。
「しかし、信徒にはなってくれなくても、避難民を集めてあのでっかい施設に滞在してもらい、ライフ……ええと?」
「ライフエッセンスです」
マイがこっそり耳打ちしてくれた。
「そう、ライフエッセンスを集めるのは、あんたのためになるわけだろ?」
「そうですね、ええ。信徒にならなくても、それ自体は歓迎できます。信徒の女神への信仰が一番なのは言うまでもないですが、ライフエッセンスとライフボールも、神力の糧となりますし。生物の持つ生命力は、どんな場合でも決して無駄になりません」
「あんたが勧誘するのは難しくても、俺が避難民を集める分には、問題あるまい?」
「それは……まあ」
チュートリアルの険しい顔が和らぎ、感謝の目つきで俺を見た。
「ただ、そんな一気に集めると、避難施設を増やす必要があるでしょう? あれをコピー創造するのには、膨大な神力が必要です。今のところ、私はこの準備で力を使い果たした状態なので、そんな余裕ないですよ」
コピー創造ってなんだ? と思ったが、俺が不審そうにしていたせいか、訊く前に教えてくれた。
「これでも女神ですからね。何事によらず、創造は得意です。例えば、今ここにあるアイテムや武器や防具は、オリジナルで私が創造したのもありますけど、その多くは元からあったものを入手し、そのままコピーして創造しているわけです。当然、オリジナルとなんら遜色ありません。十分な神力さえあれば、この世界の百貨店を、中身を含めて丸ごとコピーすることだって簡単です。えへん!」
やたらと薄い胸を張る、チビ女神様である。
奇しくも、売店でさっき俺が予想したコピーの件は、当たりだったらしい。
しかし昔は知らんが、今やその神力も枯渇寸前で、見た目まで幼女になってるしな。
「つまり、まとめるとこうか? あんたはこの戦いのための下準備で、ただでさえ不足しかけていた神力とやらが、今やガス欠寸前であると。従って神力の元となる信徒を大勢集めたいが、しかし自らがあからさまに勧誘することは、許されていない。俺が集めるとしても、大勢を受け入れるだけのキャパシティーもないし、用意する力もないと?」
「問題点を羅列すると、なんだか悲惨ですね」
トドメに、同情の声音でマイがぽつっと呟く。
「ううっ」
俺達の言葉にぐさっと来たのか、チュートリアルは胸を押さえた。
「貴方達には、情けというものがないのですかっ」
いや、そんなこと言われても。
現状確認は大事だしな……おまけにこいつ、まだいろいろ隠してる感じだし。
俺達は顔を見合わせ、ため息をついた。