専用キャンプの秘密装備3(終) 押すなよ、絶対押すなよ!
「ハヤトさん!」
慌ててマイが駆け寄ってくる。
「平気ですかっ」
「だ、大丈夫、大丈夫! ふいに壁が無くなって、驚いただけ」
ていうか、そりゃ誰でも驚くだろ!
しかも、俺達が壁の向こう側へ入ってからしばらくして、元の壁が何事もなかったように復元して、閉じてしまった。
閉じ込められたかと焦ったが、謎の空間には天井の明かりが灯ったし、こちら側の壁にも、天井付近に同じ赤丸がある。
念のため、こちら側から壁に触れると、またふっと壁が消え、あのキャンプ空間に戻れるようになった。
「見えない入り口か!」
「忍者屋敷の隠し扉みたいですね」
珍しく感心したようにマイが言う。
「確かにっ」
すっかりわくわくした俺は、ぐるりと見渡すと……空間自体はそう広くない。
まあ、せいぜい十畳間くらいか。
ただし、床には大きな穴が空いている……謎部屋の真ん中にでっかく真っ黒に。
「ハヤトさん、あそこを」
同じく見渡していたマイが、正面の壁を指差した。
天井付近に、大きな赤文字で、こうあった。
『日々の鍛錬こそ、勝利への道なのです。ひたすら修練あるのみっ。がんばって勝ち抜きましょう!』
「……なんだ、これ?」
俺は呆然と呟いた。
どうせこれ書いたのも、チビ女神様だよな。
「勝ち抜くというのは、相手は魔獣達のことじゃないですよね……多分」
「そうだな。連中相手じゃ、殲滅とか称した方がいいような気がする。つまり、相手は他にいるってことだ」
いつの間にか俺達は、揃って考え込んでいた。
どうでもいいが、本当に闇が深そうだな、この騒ぎ。
俺は用心しながら、部屋の真ん中の穴の縁に立つ。
押すなよ、絶対押すなよ!
と念を押したいところだが、マイはそんなことするまい。
用心しつつ中を覗いたところ、タールを流し込んだような暗闇の中には、石段がちゃんとあるのがわかった。
ただし、どこまで続いているかはわからない。
「なんだか……地下への階段がある」
「ダンジョンってことでしょうか。下りていって、そこで鍛錬せよと?」
俺はぱっとマイを見て、指差した。
「それ、鋭い! 有り得るかもしれない。チュートリアルなら、そのくらいのしごきは考えそうだ」
『皆さん、女神を讃えましょぉおおおおーーーっ』
「――いぎっ!」
あ、危なかった。
でっかい幼女声にびっくりして、今、マジで落ちそうになった。
マイがさっと腕をとってくれたので、助かった!
「危ないだろ、おいっ」
「戻られたみたいですね」
俺は死ぬほど驚いたが、マイの方は半ば予想していたように振り向く。
もちろん、例の隠し扉ならぬ隠し壁が開いていて、チュートリアルが不機嫌そうに立っていた。
「私がいない時くらい、休んでいればいいのに」
そんなことより、脅かした謝罪はよっ。
「いや、休む時が来れば、死んだように休むさ。しかし、今は好奇心タイムでな。……で、これはなんだ? 訓練用のダンジョンだとか言うなよ?」
「でも、それが正解ですし」
別に隠すこともなく、あっさり頷かれた!
「明日の目標を決めたら、もう今日はお休みしてはと思いましたが……なんなら、今からでも入りますか? このパーティー専用の訓練とアイテム取得用ダンジョンですが、戦えば痛みがあるのは同じですけど」
「いやっ、今は遠慮する」
俺はきっぱり言い切り、慌てて穴から離れて外へ出た。
チュートリアルこそ、容赦なく人の背中を押しそうだ。
だいたい、既に寿命が半年ほど縮んだ気分だぞっ。




