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移動2 アイスドールという愛称のアイドル

「に、肉が、腕の肉がえぐれてるっ――リストオンっ」


 まさか、生意気なチュートリアルに教えてもらったことが、早速役立つとはっ。

 空中で表示が出たうちの中から、入手したばかりのリペアボールを選択した。

 使用しますか? に当然イエス! おおっ、痛みが引いていく。


「……ふうっ」


 ため息をつき、ようやく俺は気付いた。

 廊下でへたり込んだ女の子が、驚いたように俺を見上げている。

 中等部なのでセーラー服だが、記章を見る限り、まだ一年生である。


「は……ははは。なにか見えた?」

「い、いえ。お一人でなにかしているように……見えましたけど。ひくっ」


 語尾に泣きが入った。

 駆け寄った俺は、女の子座りでぺたんと座り込んだその子を、とっくりと眺めた。

 ボブカットのまだまだ小学生の雰囲気漂う子だが、懸命に涙を堪えているのは、なかなか芯が強いように思う。


 俺なんか、今の怪我で既に泣きが入りかけたからな。





「助けて頂いてありがとうございます」


 彼女はまず丁寧に礼を述べてから、不思議そうに小首を傾げた。


「あの……怪我をされていたのでは? それと、その刀は一体……」


 破けた俺のワイシャツと刀を交互に見て、心配そうな顔をした。


「い、いやっ。いろいろあって……まあ、この刀はある人にもらっただけで、俺が普段から持ち歩いてるわけじゃないよ」


 しっかりとそこだけは主張した。


「怪我の方も、今は大丈夫。ええと、俺は二年の中原隼人だけど、君は中等部だよな? なんでこっちの校舎に?」


 手を貸して立たせてあげながら、俺は素早く話を変えた。

 ついでに、手近な教室に入ってこそっと両開きの戸を閉める。別にみだらなことをするってわけじゃなく、用心である。


「わたしは、沢渡佳純さわたり かすみといいます。中等部の一年です」


 沢渡さんは、まず丁寧に自己紹介した。


「それで――中等部ではさっきの騒ぎで、校長先生が『体育館へ避難しなさいっ』て放送してて、みんなそれに従って逃げていたんです。けれど、二年生の天川舞てんかわ まいさんが渡り廊下を急ぐ最中に、『モンスターの大軍が体育館の方へ駆けていったわ!』って言い出して、天川さんを始めとする一部が、みんなと別行動を取ったんです。わたしも全員が体育館に行くのは危険だと思って、そっちのグループの後尾について走ったんですけど、途中からはぐれてしまって――」


「ちょい待って」


 俺は額に手を当てて思い出す。 

 そういや、こっちの校舎でも、校内放送があったような……悲鳴に紛れてトイレじゃ聞き取れなかったけど。


 もしかすると、同じく俺のクラスメイトも体育館の方へ避難したのかも。

 それだと、クラス内が空っぽなことの説明がつく。


「おそらく、そうだと思います。高等部の方でも、避難先は同じだと聞きましたから」


 俺の呟きに、女の子――沢渡さんが何度も頷いた。


「ただ、教室で慌てふためいている最中と、移動の途中……どの場面でも四方八方からモンスターが襲ってきて……最初、もの凄い数だったんです。どんどんみんなが殺されるうちに、モンスターの方も四方に散りましたけど……ぐすっ」


 凄惨な場面を思い出したのか、また沢渡さんが涙ぐむ。

 頭を撫でてあげたくなったが、そういう俺自身も内心不安だったからな。


 それと、どうやら俺は、一番ヤバい最初の段階にトイレにいたお陰で、襲われずに済んだわけか。




「なるほど。でもまあ、ひとまず体育館に様子を見に行こうか……高等部の方をまず見て、それから隣の中等部も」

「は、はい」


 賛成してくれたので、俺は刀を手に、こそっと教室のドアを開く。

 左右を見て人もモンスターもいないことを確認し、そっと廊下へ出た。

 歩き出しつつ、ふと思い出した。


「あのさあ、天川舞って子の名前が出たけど……俺、その名前に聞き覚えあるんだけどな」

「それは、不思議じゃないと思います」


 見るからにびくびくした足取りでついてきた沢渡さんが、教えてくれた。


「もう一年近く活動している、アイドル歌手の人ですから……校内でも大人気で、だから天川さんが違うルートを選んだ時、ついていく人が多かったんだと思います」

「そうか!」


 今頃腑に落ちて、俺は我ながらうんざりした。

 そういや、中等部どころか、俺達の高等部でも、ファンが大勢いる。俺はそっち系に無関心なんであんまり関心なかったが、それでも何度かテレビで顔を見た。


「なるほど、あのアイスドールか!」


 確か、それが愛称だったような。

 中学生離れしたスタイルと、無機質な人形みたいな美貌からついた愛称だ。

 正直、オタク入った俺が、苦手とするようなタイプだった。


「ま、まあ……別に会うわけじゃないしな」

「……お嫌いなんですか?」


 男はどうせみんなファンだと思ってたのか、また沢渡さんが不思議そうに尋ねた。


「嫌いじゃないよ、会ったこともないし。ただ、苦手なタイプだなぁと」


 俺は肩をすくめ、心持ち足を速めた。

 俺と1ミリも関係ないアイドルより、今はこの孤立状態をなんとかしないとなっ。



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