非戦闘者達の処遇1 問答無用で全員を転送しちまってくれっ
頭が痛くなった俺はもちろんのこと、あたりまえだが、先生を始めとして全員が不服そうだった。
「意味がわからないわ!」
真っ先に先生が顔をしかめた。
「これって、どういう意味なのかしら? どうして黒崎君は、私達を見捨てたのかしらっ。本当に脱出の手段があるなら、一緒に連れて行ってくれればいいのにっ」
「……多分、俺のせいですかね」
俺はため息をついた。
手紙にも、「(俺と)別行動を取りたいらしい」って沢渡さんが推測してるし。
「中原さんだけではなく、わたしも入ってますよ」
天川さんがしっかり主張した。
「わたし達二人が邪魔なんでしょう」
「ま、まあとにかく」
俺は慌てて話を変えた。
「一つだけ、はっきりしていることはありますね」
不安顔のみんなを見渡す。
「黒崎の言う『方法』とやらは、少なくとも一部は本当だったってことです。僅かな間に全員が消えたってことは、みんなあいつとここを出て行ったってことでしょう」
俺の声が落ち込んでいることに気付いたのか、あるいは自分が不安になったのか――机の下でまた天川さんが、そっと手を握ってきた。
「ちょっと皆で考えて欲しいことはあるが、今はそれどころじゃない」
俺は一斉に話そうとし始めていた仲間を見渡し、宣言した。
「三階が空っぽだとわかれば……て、もう悟ってるだろうが、とにかくそうなれば、そこへ向かった連中は、今回ばかりはそこら中を探すだろう。となりゃ、こんなショボいところで隠れたって、いつかは見つかるってわけだ」
「せ、先輩のっ」
最初からここにいた五名の生徒中、唯一、高等部の女子が俺を見た。
今時、ヘアバンドなんかしてる、可愛い系の人だ。
「その手紙にある、中原先輩の『アテ』ってなんですか? ここから、逃げられます?」
内気そうだが、それでも懸命な表情で尋ねる。
「アテはあるっちゃある。ただ、ちょっと待ってくれ。――おい、チュートリアル!」
もはや遠慮している場合じゃないので、俺は声を張り上げた。
天川さん以外はポカンとして俺を見たが、構ってられない。
……すぐに返事がなくて不安だったが、一拍置いてちゃんと声が聞こえた。
『わかっています。そこから移動したいということですね?』
「ただ移動したいんじゃない。安全を確保できるような場所へだ。外の様子はまだわからないけど、時々爆発音がしたりするし、窓から外を見れば、煙の上がってる場所も多数ある。下手なところへ避難しても、またすぐ逃げ出すだけだしな。今後のことを話し合える落ち着いた場所がいる」
『そうですね、タイミング的には悪くありません。私が時間をかけて創造中だった避難所が、少し前にようやく完成しました。ハヤトとマイを除く皆さんを、いつでも受け入れられますよ?』
「俺と天川さんが入ってないのは、専用キャンプがあるからだよな。……で、戦いに参加しない先生達を受け入れるのには、条件があるんだっけ?」
俺が皮肉な口調になるのは致し方ない。
なにしろ、沢渡さんの手紙にあった、誰かのセリフに似てる。
『……ありますね、ええ。ただ、今は全員と相談している暇もないので、そちらへ転送してから改めて』
その時、チュートリアルの声を遮るように、上の階から遠吠えの声や喚き声が聞こえた。喚きは感染者で、遠吠えは四つ足どもか……まあ、一緒くたに魔獣のくくりだけど。
「中原さん!」
天川さんが厳しく引き締まった顔で俺を見た。
見目麗しい彼女がこういう表情を見せると、途端に美貌の女戦士に見えたりする。
「時間切れ間近かもしれません。調べ終わったのか、魔獣達が三階を出たようです」
「わかってる! 高梨先生っ」
眉をひそめて俺達を眺めている担任に、俺はいきなり告げた。
「俺を見て『ああ、この子ったらこの騒動のショックで、すっかりアレな人になっちゃったのね!』とか思ってるかもしれませんがっ、事情は後で全部説明します。一旦、安全な場所へ避難しますよっ」
「え、ええっ」
腰に手を当てていた先生は、目を瞬いた。
「な、中原君、いつから人の心が読めるように」
そこかよっ――と突っ込む暇も惜しく、また遠巻きにしている避難生徒達の反応もこの際は、どうでもよくなった。
それより、今は逃げないとな。
「説明は全部後で、脱出する。いいよな、天川さん?」
「中原さんに、全てお任せします」
まだ握ったままの手にきゅっと力を入れ、彼女は頷いてくれた。
一人でも賛同してくれる人がいると、心強い。
「チュートリアル、問答無用で全員を転送しちまってくれっ」
『わかりました!』
女神の声と同時に、俺達全員がその場から消えた。