ホームシック4 私達は一旦、自宅の様子を見に行くことにしました
三階が空なのはもうわかってるし、今行けば魔獣共にかち合うだけだしで、俺はそのまま一階へ戻った。
チュートリアルが珍しく黙り込んでいるが、俺も今は話しかける気にならない。
階段の踊り場まで来ると、こちらを見上げるようにして下に天川さんが立っていて、ほっとしたように胸に手を当てた。
「よかったです! ご無事でっ」
「来ちゃ駄目だって言ったのに」
「そうはいきません」
天川さんは頑固に首を振った。
「それで、上はどうでした?」
「あ、うん……結局、二階までしか行ってない。三階まで行ったところで、どうせ魔獣共しかいないし。誰か残ってるなら、もう声くらい聞こえる距離だったからね。あそこにはもう、誰も残っていないさ」
「マップにそう出ているなら、信じられると思います。では、それがわかっていて、どうして飛び出したんですか? 二階にいるという人達がなにか?」
「う~ん――とにかく、戻りながら話そう」
この子には隠せる気がしない。
やむなく俺は、放送室へ戻るまでの間に、ざっと事情を説明した。まあ、不良トリオがいたことと、そいつらが感染しちまったことくらいだが。
「では、わたしのことが理由だったんですか?」
「ま、まあ、放置すれば、女子はみんな危ないし」
「そう……ですね」
なぜか声が掠れて聞こえたので、俺は横目で天川さんを見る。
アイスドールの愛称通り、一見していつも通りの無表情に見えた――が。
よく見ると、少し瞳がきらきら光っていた……つまり、潤んでいた。おまけに俺の視線に気付き、さっとそっぽを向いてしまう。
「そういう時は――」
視線を逸らせたままでそっと俺の手を握り、ことさらゆっくり言う。
「な、なにっ」
「そういう時は、事前にわたしにも教えてください……心配するじゃないですか」
「あああ、ごめん」
女の子の涙は苦手なので、やむなくそう答えておく。
少し間を置き、「でも……ありがとうございます」と小さな声が聞こえた。
「いいんだよ、そんなの。もっと早く俺が」
そこで、ガラッと放送室の扉が開き、先生が顔を出した。
「……担任のそばで、爛れた不純異性交遊は禁止ですよ?」
なぜか不機嫌に言われた。
ぱっと天川さんが手を離す。くそっ、実に惜しかったっ。
手を繋いだくらいで、文句言うなと。
「さっさと中へお入りなさい!」
「はいはいっ」
「はい」
俺と天川さんは同時に答え、慌てて中へ入った。
高梨先生と、留守番の生徒達五人が寄ってきたので、俺はもう一度、今度は簡単に事情を説明し、それからいよいよ封書をポケットから出した。
裏に、「中原先輩へ。可愛い後輩の沢渡より」とある。
自己主張かっ。まあいいけど。
もう見るかによれているが、封筒から出したところ、中の便せんは無事だった。
なんだか丸々とした細い文字で、長文が書いてある。
「なになに? 『中原先輩、急にいなくなってごめんなさい。私達は一旦、自宅の様子を見に行くことにしました』……なんだってえっ」
序盤を読んだだけで、既に大インパクトかつ、大ダメージである。
俺だけではなく、先生がすかさず「自宅って、こんな状態でっ」と叫び、天川さんが「無茶です!」と鋭く声に出し、後輩の一人で唯一の高等部女子が、「家に帰れるんですかっ」といきなり叫んだ。
「ちょっと待って、ちょっと! 先生、俺から便せん奪おうとしないで下さいっ。俺宛ですからこれ。あくまで俺宛ねっ」
取り上げようとした担任から、慌てて便せんを遠ざける。
「だって、気になりますよっ」
「そりゃみんなそうでしょうっ。わかりました、机に置くからみんなで急いで読みましょう。また魔獣が動き出すのも時間の問題だし、急いでっ」
俺が狭い放送室唯一の机に、バンッと便せんを置くと、それこそ一斉に周囲をみんなが囲んだ。