ホームシック3 密かな決意を実行しないといけないだろう
しかし、今は廊下で文句つけてる場合じゃないので、早速、先生を促した。
「運良く大して時間かけずに来られましたっ。まだ校内放送は使えます?」
「え、ええと」
高梨先生は俺を見て、それから今気付いたような顔で天川さんを見て、「まあっ」とまた驚いた。
「天川舞さんですね? 貴女も無事でよかったですね!」
天川さんはちょっと小首を傾げて低頭した。
どうも彼女の方は、先生をよく知らないらしい。そりゃ教える学年が違うもんな。
「ちょっと、せんせえっ」
予想以上にのんびりしている先生に、俺はあえて耳元で叫んだ。
「きゃっ」
「早くこの場を移動しないとっ。外に魔獣が集結しているんですって!」
「知ってます!」
声に驚いてぷりぷりした先生は、俺を不服そうに見た。
「元々、私が警告したんですよ、それ」
「警告する前に、俺達は気付いてましたって! だからこそ、焦ってここまで救援にきたんでしょうっ」
スーツを着ていなければ女子高生にも見える先生が、それを聞いて目を丸くした。
「中原君……まさか、助けに来てくれたの? だ、駄目じゃない、来ちゃいけないって言ったでしょう!」
「んなこと言われて、はいそうですかと見捨てられますかっ」
「皆さん!」
たまりかねたように天川さんが声を張り上げた。
「とりあえず、放送室の中へ避難をっ。魔獣達が移動する足音がしてます」
うわ、マジだ。
まだ統一された動きではないと思うが、昇降口の付近で多くの足音がする。今にも校舎内に入ってきそうだ。
「な、中原君!?」
「いいから、とにかく中へっ」
俺はもう問答無用で先生の背中を押し、天川さんが入るのを待って、放送室のドアを閉めたっ。それでも、おそらくタイミング的にギリギリだった気がする。
というのも、ついにすぐ近くでそれぞれの魔獣達の吠え声や鳴き声が連続し、爪がリノリュウムの廊下に当たってやかましい音となって響いてきた。
さすがの先生も身を固くしていたが――。
さほど間を置かず、廊下の喧噪はこことは逆方向の階段の方へ遠ざかり、そのまま消えた。
「くそっ。あいつら、脇目も振らずに三階へ向かったらしい!」
自然と顔付きが強張ったんだが、その時、部屋の隅から小さな悲鳴が聞こえた。
「あっと」
見れば、五名ほどの女子生徒が、身を寄せ合うようにして隅っこに固まっている。
一人は高等部の制服だが、あと四人は全員が中等部らしい。
「ごめん、驚かせる気はなかった。でも、今度は仲間の方がまずいからさ」
「えっ。それじゃ、うちの2ーBはまだ誰か」
言いかけた先生に、俺は慌てて首を振る。
「いや、そっちは全然知らないです」
担任に希望持たせたら悪い。
「その時は席を外してて、俺だけ一緒に逃げなかったんで」
「そうだったの」
高梨先生がなんとも言えない顔になったが、俺は俺で焦っている。
非常時なので「マップ!」と声に出し、問答無用に視界内に地図を出した――が。
「あ、あれ……」
実際に見えたマップを眺め、俺は絶句した。
「嘘だろ……これは一体、どうなってる!? こんな短時間で有り得るのか、こんなことっ」
先生と避難生徒が不審そうに俺を見たが、もちろん天川さんだけは的確な質問をしてくれた。
「どうしました? あの子達、無事ですかっ」
「いや、無事もなにも……三階からそっくり消えている。今、三階には誰もいないんだっ。青い光点が全くない。見えるのは、西側の階段に集結している、魔獣の赤い光点だけだ! まだ魔獣達は三階まで到達してないのにっ」
天川さんは驚いたように目を見開き、先生は「中原君、大丈夫なんでしょうね?」と眉をひそめた。どうやら、頭でも打っておかしくなったと思われているらしい。
まあ、地味でもこれもスキルだし、俺以外に見えないからな、このマップ。
視界表示以外にすれば、天川さんには見えるかもだが。
「あ、待ってくれ」
もう一つ気になる光点を見つけ、俺は声を上げた。
「他にも人間が三人と、魔獣の光点が二つ見える。ただし、どっちも二階の――ちょうどこっち側の階段に近い位置にいるね。しかも、人間の方は魔獣から逃げているらしい」
ふと、閃いた。正確には、俺には密かな確信があった。
あいつらにそんな勇気があるとは思えないが、あのどす黒い欲望と執着心の大きさは、この俺が呆れるほどだった。
想像が当たっているとするなら、いよいよ密かな決意を実行しないといけないだろう。
それに、三階が空っぽになっている事情も訊かないと!
「天川さん達は、ここで待ってて。俺がちょっと様子を見てくる」
「わたしも行きますっ」
すかさず天川さんが主張したが、俺は懸命になだめた。
「五分でいいから、時間くれ。すぐに戻ってくる! なぜか三階の仲間はいなくなってるし、先生達も避難させないといけない。ちゃんと戻ってくるからっ」
早口でそう述べ、俺は問答無用で放送室のドアをまた開け、廊下へ飛び出した。
内心で、自分の予想が当たってほしくないと願いながら。