移動1 ゲームなのに痛みがあるっ(現実)
「誰もいないというね!」
自分のクラスである2ーBへ戻った俺は、空っぽの教室を見て首を傾げた。
しかもだ、クラス中の机と椅子が、シェイクでもしたかのように倒れまくっている。
秋風が吹き込みまくりなので窓を見ると、何枚か割れていたりもする。
「ちょっと、妙かなぁ……はははっ――わあっ」
右手を持ち上げたら、ようやくまだ木刀を持っていることに気付き、俺はまた喚いた。
「冗談っ。本当だったのか、今までの」
おぉ……そう思うと見よ、さっきの戦いが鮮やかに蘇るわ、下の階の方で叫び声が時折聞こえるわ……よくぞまあ、脳天気にこの騒ぎを無視してきたなと、自分で感心するほどだ。
俺の現実逃避レベルは、相当なものである。
「ど、どうする……どうする俺」
というか、ここに立ち尽くしているのも、まずいんじゃないか?
なにしろ、まだ校内になにかいるみたいだし。
《とりあえず、武器を交換しては? ライフボールで交換可能ですよ》
「ま、また謎の奇天烈チュートリアルが」
《手持ちのライフボールで交換できるのは、このレベルの武器ですね。慣れたら、自分でショップへ立ち寄ってください》
こいつ、人のセリフを無視して、脳裏にズラズラと武器を並べやがった。
とことん勝手なチュートリアルである。
「……とはいえ、ヒノキの棒はもう満喫したな」
武器は確かに欲しい。
俺は脳裏に浮かんだ「中古剣 中古弓(矢は無限) 刀:新品」のうち、刀に注目した。
最初から中古とか嫌だしな……刀の値段がライフボール七個か……人の命って安いんだな。
ぶつぶつ言いながら、ライフボールを選択する。脳裏に浮かぶといっても、視界的には眼前にばっちり映るので、手にしてみたんだが……ちゃんと掴めた。
《では、ヒノキの棒はライフボール半分で下取りします。あと、先んじて教えておきますが、同じくライフボールでリペアボールを入手しておきなさい。傷が治せますから。とりあえず、残りのライフボールを全部、リペアボールに交換しました。確かめたい時はリストオンでどうぞ》
チュートリアルが勝手にそう吐かし、右手から木刀が消え、代わりに刀が現れた。
「おいこら、勝手にそういうことをすんなっ」
思わず俺が抗議したが、もう声もしないし表示も出ない。
なんという! 横暴だぞっ。
俺が一人で憤慨していると、今度はヤケにリアルな悲鳴がした。
「うわぁ、見に行きたくないっ」
ここでいつまでも、チュートリアルに文句言って過ごしたい! それが本音だったが、俺は小心者のくせに、誰かを見捨てるのも苦手なタチだったらしい。
嫌だ嫌だと思いつつも、足は勝手に走り出し、廊下へ出ていた。
「た、助けてぇ!」
おおっ、希望的観測で「見つからないかもな」と思ったのに、実際には十メートルほど先に、女の子が倒れているじゃないか。しかもあれ、中等部(うちの学校は隣が中学)の子だぞっ。
今度は黒い狼みたいなのが、仰向けの女の子の胸に前足を乗せ、涎を垂らしているっ。
「す、すぐ助けるからなっ」
俺は震え声で喚き、刀を構えて走り出す。
こうなったら、ヤケクソである。ていうか、さっきレベル3にレベルアップしたことに、なにか意味がありますようにっ。
いや、しかし実際にちょっと身体が軽くなってる気がするぞ、これっ。
俺、こんなに足が速くなかった気もするしな。
「ウォオオオオオオオンッ」
しかし、足が速いのは良いことばかりではなく、黒い獣野郎が、女の子をうっちゃってこっちへ駆けて来やがった。
「くそくそくそっ」
またさっきのように連呼して、俺は刀を思いっきり振り下ろす。
駄目だ、外れたっ。
「ぐあっ」
か、代わりに獣野郎が素早く飛んで、俺の左手に激痛が走った。
「わっ、ゲームなのに痛みがあるっゲームなのに痛みがあるっ!」
思わず、二回絶叫しちまったじゃないか!
しかし、それでようやく死に物狂いになったお陰か、はたまた俺のスピードが上がっているお陰か、着地したそいつの首に、今度こそ剣撃を叩き込むことに成功したっ。
斬れ味は予想よりかなりよく、一発で狼野郎の首が飛んだぞ。
よしっ!
また脳内で陽気なファンファーレが鳴ったが、無視! レベルやらライフボールより先に、この傷だろっ。