ハヤトの決断7 あいにく、まだこの人は疑似ゲームに参加していません
「気付くの、遅いですね」
女の子がため息つきそうな声音で言った。
どう見ても天川さんより年下に見えるのに、言動だけは大人だっ。でも、直接話すのを聞けば、声音はモロに少女。
こいつぅ、声だけの時は大人声に調整してやがるなっ。
「先に言っておきますが、外見で判断しないでくださいね。こう見えても女神の端くれなんですから」
ぴしりと言い切った後、なぜか自己嫌悪にどっぷり浸ったような顔を見せた。
「ま、まあ……今はちょっと困っていますが」
「何に困ってるんだ? 助けてもらってるし、手伝えるなら、喜んで手伝うけど?」
ちらっと黒崎の忠告を思い出したが、俺は発言を引っ込めなかった。
世話になっているのは事実だからな。
恩もあるし、チュートリアル本人も嫌いじゃない。
「え……そうですか……それは、とても嬉しいことですけど。どうせ機会を見て、お願いするつもりでしたし」
意外そうに俺を見上げ、目を瞬く。
あ、少し声が優しくなった。
「でも今は、ハヤト達の買い物を済ませましょう。ほら、スキル一覧を見せてあげます」
そう告げた後、さっと腕を一振りする。
途端に、長机の上に透明なスクリーンみたいなのが立ち上がり、たちまち全面に碁盤の目のような区分けができた。
将棋盤のでっかいのみたいな感じだ。
「今、ハヤトが得られるスキルは、この斜め下の初級区画です」
同時に、彼女が指差した場所が、さらに明るくなる。
そこも、個別に名刺大くらいの大きさで区分けされていて、いろんな表示があった。
「なになに……レベル5シールド、自動防御レベル1、加速レベル1……まだまだあるが、この加速ってどの程度のスピード出るの?」
「レベル1スキルだと、通常と比べて二割程度のアップとなります。ただしそれだけの違いでも、ハヤトならほぼ全ての低レベル魔獣と対等以上に渡り合えます。戦闘において、スピードは重要項目ですから」
相変わらず、背筋を伸ばした姿勢で、女の子が言う。
全然愛想笑いなし。
「ええと、店員さんのお勧めは?」
「そうですね、ハヤトのスキルポイントが今は500貯まりましたから、なによりもまず、この『マップ(レベル1)』がお勧めです。ようやく装備できるレベルになったのだから、ぜひにも装備しましょう。マップがないと、そのうち死にますよ」
可愛い顔して、エグい言い方してくれた。
ていうか、マップって地図だよな……普通、そういうのは最初から装備されてるだろうに。
でも一応、気になったことを尋ねてみる。
「地図って、書店で買えるようなのと変わりない?」
「そんなわけないでしょう!」
ああ、せっかく不機嫌さが少し減じてたのに、また不機嫌になった。
「レベル1だと、ハヤトの現状レベルに応じて、敵の現在地がわかります。それと、半径500メートル以内の建物と道、それに食料の所在など」
「食料の所在がわかるんですか!」
俺より先に天川さんが声を上げた。
「ええ、わかりますよ」
しかも、チュートリアルの声が、俺に対するよりぐっと優しい!
「どの程度の備蓄があるか、その量もわかります。ただしこの場合、コンビニやスーパーなど、通常の店舗も『食料備蓄場所』として表示されるので、注意してください。とにかく食料があれば、建物がなんであれ、そこが黄色い印で表示されます」
「はぁああああ……なるほど、確かにマップは馬鹿にできないな」
俺はすっかり納得して呟いた。
普段なら、「コンビニに食料があったって、勝手に持ち出せないだろっ」と思うが、今は状況が状況だ。さすがの俺も、真面目に金払って買おうとか思わない。
まあ、こんな状態で普通に営業してるなら別だが。
「それと、レベル1マップでも地下通路の所在などが、多少はわかります。だから、ぜひ入手して装備なさい。スキルポイント100で交換できます」
「喜んでそうする。……今回、天川さんの分も俺が出すよ」
「いえ、わたしは」
天川さんが遠慮する前に、チュートリアルが口を挟んだ。
「あいにく、まだこの人は疑似ゲームに参加していません。スキル装備は不可能ですし、装備できるレベルでもありません」
そこで俺達を見比べ、「ただ、状況が状況です。一点だけ了承してもらえるなら、今からでもこの疑似ゲームへの参加を認めましょう。そしてハヤト、ちょうどよい機会ですから、貴方にも同じことをお願いしたいですね」などと言い出す。
「お願いって?」
軽い口調で俺が訊くと、いつもに似合わず、ひどく言いにくそうに教えてくれた。
「わ、私の……信徒になってほしいのです……ぜひとも。特に義務はなく……私を女神と認めて敬ってくれるだけでいいのです……けど?」
「うわぁ!」
反射的に、叫んでいた。
「宗教か、宗教なのかっ」
その手の人がアパートへ勧誘に来たら、速攻で追い返す俺は、思わず連呼した。