ハヤトの決断3 ショッピングセンターに移動したりすべきかな
「せんぱ――」
いつものように呼びかけようとした天川さんは、俺の顔を見て心配そうに尋ねた。
「あの……なにかありましたか?」
「まあ、後で話すよ」
俺はとりあえず、眼前の問題に集中することにした。
警告するにしても、タイミングを見てだ。
今のテレビ放送とやらの内容次第では、状況が好転するかもだしな……儚い希望だが。
「ところで、テレビ放送の内容って?」
「それですが」
話しかけた天川さんと俺を置いて、ふいに黒崎がぶらっと歩き出す。
「え、行くのかっ」
俺が慌てて声をかけても、「ちょっと散歩だ」と述べたのみである。
振り向かないまま、おざなりに片手を振りやがる。
こいつホント、昔から一人で行動するの好きだな……とはいえ、天川さんの件は俺に丸投げしたんだし、別に関係ないのか? 外の様子を知りたがらないのは不思議だが。
俺はやむなく彼女に、「あいつのことは気にしないでくれ」と告げた。
「それより、沢渡さんは?」
「それが――」
彼女は、ふいに憂い顔を見せた。
いつも思うが、本当にこの子はどんな表情でも絵になる。美人は得だな。
「あ、先にテレビ放送の内容をお知らせしますね。沢渡さんが落ち込んでるのも、そのせいなので」
「落ち込んでるのか。ていうか、あの子のことは佳純さんって呼んでなかったっけ?」
「――実は、最初に本人に名前で呼んで欲しいと頼まれて。でも、まだ慣れてないんです」
自嘲気味に笑う。
「わたし、人と打ち解けるのが苦手なんです……今のお仕事を続ければ、少しは治るかと思いましたが、今のところはそんなことないですね」
ああ、なるほど……俺はようやく腑に落ちた。
何度か彼女が歌うシーンをテレビで見たのだが、歌声は美麗だし、衣装は豪華ドレスだし、振り付けも完璧である。
ただ、アイドルとしてはちょっと……いや、だいぶ笑顔が足りない気がしてた。
でもまあ、この子の場合はそれも「アイスドール」という愛称のお陰で、別に不自然に見えないんだが。
「まあ、人付き合いが苦手なのは、俺もだよ。でも、沢渡さんはてっきり知人なのかと思ってたけど」
俺は苦笑した。
黒崎についてもそうだが、いろいろ勘違いが多いようだ。
「で、いま外はどんな状況?」
途端に、天川さんの表情が引き締まった。
「……テレビ局が独断で放送したらしく、実は彼らも政府発表などを報道しているわけじゃないようです。自分達の元に届いた情報を選別してアナウンサーが語っているという感じで」
前置きしてから、いよいよ教えてくれた。
「まず今のところ、誰も都内から出られないそうですね。仮にわたし達が学校の外へ出ても、あまり遠くまではいけないようです。ある地点まで進んで、そこからさらに先に進もうとすると不意に身体がふっと軽くなって、全然別の地点に出現してしまうとか。何度繰り返そうと、似たようなことが起こって、どうにもならないと。『空間ごと閉ざされている』と語った専門家がいるって話してました。事実、都内をしばらく進むと、例えばどこかの西端まで行くと、今度は東端の方へ一瞬で移動してしまうようです。これも、テレビ局に集まった情報をまとめたものらしいですけど」
都内に閉じ込められていると聞いて、俺はうんざりした。
「てことは、今の段階じゃ、外に逃げてもあまり関係ないってことだな?」
「そうなるでしょう。それと、もっと大きな問題として、その都内全域を荒らし回っている魔獣達ですが、今のところ住民側に為す術がなくて、ものすごい勢いで人口が減っているようです。魔獣も、あの斑点顔の感染者みたいな人達も恐ろしく素早くて、普通はとても逃げ切れないとか。仮に車で逃げたりすると、四方から集中してあらゆる魔獣が襲ってくるようなんです。だから、なるべく安全な場所でじっとしていた方がいいと……アナウンサーは何度もそう強調していました。……その直後に、ぶつっと映像が切れてしまって」
「うわぁ」
俺は先のことを考えて、さらにうんざりした。
「そうは言うけど、水はともかく、学校にある食料なんてたかが知れてる。そろそろ、みんなお腹が減る頃だろうし。すると、どうしたって食料の調達に出るしかない」
俺は大好きな映画のネタを思い出し、天井を仰いだ。
「無理にでも、ショッピングセンターに移動したりすべきかな……映画みたいに」
「映画、ですか?」
また不思議そうな顔されたので、「ゾンビ映画、観たことない?」と尋ねてみたが、申し訳なそうに首を振られた。
なんと……どこのお嬢様ですか、君はっ。
「と、とにかくだ。ここにいるのは別にゾンビじゃないけど、食料調達の難易度を考えると、どうしたってそういう場所に立て籠もるのがベストって話だよ。なにせ、人間は定期的に腹も減るし、水分だって必要だろ?」
『食料と水なら、少なくとも今のハヤトなら入手可能ですよ。ライフボールと交換で』
「おわっ」
「――っ!」
俺達は、思わず顔を見合わせた。
まだちゃんと天川さんにも声が聞こえるようだが、それにしても、いきなり話しかけるなと。
「おい、チュートリアル。ずっと黙ってたくせに、急に声出すなよ」
『黙っていたのは、あの黒崎という少年を警戒していたからです。彼に私の声は聞こえないはずですが……どうもあの子は、不審なところがあるので』
俺達はまた、素早く視線を交わした。
おまけに、天川さんまで「実は、わたしもあの人は苦手なんです」と言いだし、俺はだいぶ驚いた。女の子には好かれるタイプなのにな、あいつ。