発端2 ゲームのようにこの世界を渡っていけるのは、貴方だけです
不幸中の幸いだったが、そのごつい獣は、完全に女の子に夢中になっていて、この瞬間のみ、俺への注意はおろそかだった。
お陰で、渾身の力で振り下ろした俺の木刀は、見事なまでに毛深い頭にクリーンヒットした。
「ギャウンッ」
鳴き声が犬みたいになったが、俺としては感心している場合ではない。
まだそいつは動けるみたいだし、それに額にはでっかい角みたいなのがある。あれで腹でも刺された日には、俺なんかひとたまりもない。
「くそっくそっくそっ!!」
何度も何度も声に出し、その度に力一杯殴りつけた。
たとえ、冗談のようなヒノキの木刀であろうと、持ってて助かった。
角つきの黄色いそいつは、俺が殴る度に憤然と起き上がろうとしたが、さすがに十数回も木刀の乱打を受けるうちに弱り出し、最後の一撃でようやく痙攣して動かなくなった。
ちなみに、ここに至るまでに何度か目標を外して、トイレのタイルやら女の子の身体やらに木刀が当たってしまった。
罪悪感が半端ないが、どのみち見た感じでは女の子はもう事切れていた。
「お、俺が殴ったせいじゃないよな?」
小心な俺がそう呟いた次の瞬間、視界の隅に表示が流れた。
《ハヤト、レベルアップ! レベル1→3。やったね!》
ずらずらとSTR(パワーか?)やLUK(幸運?)などが数値を上げていく。なんだこれ?
注目するうちに、さらにメッセージが出た。
一応眼前に見えるのだが、どうも脳裏に展開された情報に思える。
《襲われていた女の子はもはや倒されましたが、ハヤトがサーベルタイガーを倒したので、両者のライフボールがそのまま手に入ります。ライフボール十三個入手。なお、女の子は復活待機リストにて、後で確認できます》
「復活待機リストぉ?」
俺がまた呟くうちに、その黄色いサーベルタイガーと顔だけ知ってた女の子は、両方共綺麗さっぱり消えてしまった。
「マジかっ」
なにごともなかったように綺麗になったトイレ内を見渡し、俺はまた呻く。
どんな魔法だよ、これ。消えただけじゃなくて、血糊の跡とか、全部ないんですけどっ。
「い、いつの間にかゲーム世界に入ってるってことか! つまり、これは全てゲームで冗談である、と!」
希望が出てきて調子こいた俺が声に出すと、またメッセージが出やがった。
《馬鹿ですか、貴方は! ゲームのようにこの世界を渡っていけるのは、貴方だけです。他人を蘇らせることができるのも、貴方のみ。他でそんなこと言うと、馬鹿にされるか狙われるかのどちらかですよっ》
「……なにこの、リアルタイム・チュートリアル? エラい斬新だな。おまけに生意気だし」
顔をしかめた俺は、周囲をまた確認する。
まあ、誰もいないんだけど。
「見張られているのか、俺? ていうか、幻聴と幻視だな。それ以前に、全部トイレ内で見た夢だったと! そうだ、そうに決まっているっ。死体も血の跡もないしな。大丈夫、俺はもう大丈夫だぞおっ」
景気付けと、自信回復のためにそう叫ぶ。
よくよく考えれば、あんなリアルな記憶が夢であるはずないのだが――。
俺はもう、強引に寝ぼけたと思うことにして、ようやくトイレから外に出た。
そ、そろそろ授業も終わった頃だろう、うん。
ははは、今日も平穏な一日さ!
現実逃避する俺は、自分の手にまだヒノキの木刀があるのを、スカッと忘れていた。