狙われた舞5 おまえは無事だと思っていたよ
三階は一年生の教室が並んでいる階だったが、その中の1ーAと1ーB、それに隅っこにポツンと離れてある、図書室を使っているらしい。
不良達のみ、他の教室に籠もっているらしいが、今のところ大半の生徒は、図書室に身を寄せ合うようにしていた。
一応、中等部も高等部も交じっていて、その総数は五十名近いだろう。
無理もないが、みんな不安そうで、しかもほとんどの生徒は俯いていた。
見渡したところ、最大勢力は中等部の女子で、二十名近い。
沢渡さん曰く、みんな天川さんについてきたようだ。本当は男子も相応の数……どころか、女子以上に大勢いたのだが、固まっていたところを、四方から魔獣に襲われ、見る見るうちに全滅してしまったのだとか。
固まっていたのは女子達も同じなのだが、魔獣共は先に男子の方にまっしぐらに襲い掛かったらしく、俺が思うに、これは偶然じゃない気がする。
あいつら、知恵が回りそうだからな。
その証拠に、タイミング的にも校舎を出たばかりの時で、しかも魔獣達はその校舎の中から走ってきたので、逃げ道を塞がれた形になってしまったそうな。
「その時、女子達はどうしたの?」
不思議に思って俺が訊くと、沢渡さんはやたらと申し訳なさそうにうなだれた。
「天川先輩は助けに行こうとしたんですけど、他の女子生徒達の大半がパニックに陥っちゃって、ついてくどころか、泣き叫んで動けなくなった子が多くて。それを見た先輩がとっさに決断して、みんなに自分についてくるように叫び、こっちの校舎へ逃げるように誘導したんです」
「なるほど」
俺はイヤミにならないように落ち着いて頷いた。
助けるか逃げるかの場面だが、逃げたのは正解だったろう。天川さんが一人で援軍に向かうよりは、少しでも大勢逃がす方を選択するのがベストのはず。
なかなかそう割り切れるものじゃないが。
ちなみに天川さんは今、屋上の見張りを撤収させに行ってる。
話し合いを持つにしても、彼女が戻ってから――
「おい、中原!」
「うおっ」
いきなり名を呼ばれ、俺は飛び上がりそうになった。
慌ててそっちを見ると、切れ者風の長髪イケメンが、俺を見て笑っていた。他の生徒と違い、全く怯えている様子がない。
どことなく日本人離れした顔立ちで、見覚えがっ。
「お、おぉー……黒崎かー」
高一の去年、同じクラスだった男である。
俺がさっき、『もっと格好いい不良がいたんだけどな』と密かに思っていた、まさに当人である。
黒崎武人という、名前までかっこよさそうな奴で、武勇伝が山ほどある。ただ、弱い者虐めを一切しないことで、むしろクラスメイト達に密かな人気があった。
なにせ、俺以外の奴は「黒崎さん」とさん付けで呼んでたほどだ。
俺だけそうしないんで、本人でもない他の男子に「おまえもちゃんと呼べよっ」と訳のわからん非難をされたことがっ。
「おまえは無事だと思っていたよ」
ポケットに片手を突っ込んだ黒崎が、謎のセリフと共にぶらっとやってきた。
俺も背が低い方じゃないが、こいつはまた180センチ近いからなっ。いつもながら、見下ろされる感じと、威圧感が半端ない。
まあ、そうはいっても、俺にしては珍しく気が合う方……だと思っている。
「久しぶり!」
「うん、クラス換え以来だな。……しかし、いい武器を見つけたじゃないか」
白い歯を見せてニヤッと不敵そうに笑う。
基本、不良系のくせに、なんと爽やかなっ。沢渡さんが見とれてるしっ。
もちろん刀を見たところで、孤高の不良であるこいつは、「俺によこせっ」とか、寒いことは言わない。
ただ俺の肩を叩いて、こそっと小声で忠告してくれた。
『三年の三馬鹿トリオみたいなのが、逃げてきた中に交じっている。その得物は、隠しておいた方がいいぞ』
「ははは、もう見つかってたりして」
「へぇ?」
黒崎は特に驚かなかったが、なぜか俺をとっくり見つめ、興味深そうにぼそっと述べた。
「おまえ、ちょっと以前と変わったな? 迫力が出てる」
「ぇええええ? それはないんじゃないかー」
「いや、マジだって。この事件はほとんどの奴にとっては最悪だが、おまえにとってはなにかの転機になったらしい」
う……こいつも天川さんと同じで、妙に鋭い奴だったよな、そういえば。
だからこそ、クラスの皆から一目置かれていたわけで。
ついでに、なぜか天川さんと黒崎を交互に脳裏に描き、「お似合いだな」とちょっと思ってしまった。
ああ、どうせ俺は美形じゃないさ。
……とか考えているうちに、天川さんが戻ってきた。チュートリアルを含めて話し合いをするにしても、こいつはどうすっかね。
俺もまた、思わず黒崎の顔を見返していた。
秘密にしておく方がいいのはわかるが、こいつは絶対、戦力になるんだよな。