狙われた舞4 いつでも噛み殺してやる
俺達は踊り場から移動して、二階を経て三階へと階段を上がったのだが、三階へ向かう踊り場に、なぜか机やら椅子やら荷物やらが、びっしりと積み上げられてあった。
「反対側の階段でも、同じ場所に荷物を積んで封鎖しています。逃げてきた全員で手分けして、大急ぎでやったんです」
天川さんが説明してくれた。
「ああ、なるほど。魔獣やら斑点顔の奴やらが、上がってこられないように」
「そうです」
憂い顔で天川さんが頷く。
「屋上にも見張りを置いて、他に逃げ遅れた学生がいたら、こちらへ誘導するつもりでした。だから、中原先輩達を見つけることができたんです」
「実際、助かったよ。ありがとう」
俺は丁寧に礼を述べた。
吹き抜けの屋上にいたらヤバいんじゃないかと思っていたのだが、なるほど、見張りのためだったか。
「ただ、俺と沢渡さんが逃げる途中で見たけれど、空飛ぶ魔獣もいた。だから、屋上は警戒した方がいいかもしれない」
「そうですそうですっ」
沢渡さんも、思い出したようにぞっとした顔を見せる。
「あんなおっきな魔獣が突っ込んで来たら、人間なんかひとたまりもありません。ヘリですら墜落しちゃいましたしっ」
「……そうでしたか」
天川さんが大きなため息をつく。
「遠くで爆発音がしたとは思っていましたが、その時はまだ、ここに逃げ込んで間がなかったので。そういうことなら、あそこから見張るのはまずいかもですね……早速、みんなと相談します」
みんなって何人くらい? と俺が訊くより先に、バタバタと足音がして、女子の声が向こうからした
「先輩、天川先輩ですかあっ」
「遅かったじゃないですか!」
「心配で、探しに行こうかと思っていました! 男子達は、一人を除いてアテにならないしっ」
「あの人達、自分らだけ勝手に帰ってきちゃうしいっ」
「薄情者にもほどがありますっ」
なるほど、天川さんが一旦戻ることを提案するはずである。心配のあまりか、切迫した声が次々と聞こえてくるからな。
しかも、全員が女子生徒の声という……。
「わたしは大丈夫だから」
柔らかい声音で天川さんが応じる。
「外で戦闘していた先輩と、はぐれていた佳純さんを連れてきたわ。開けてくれる?」
「もちろん! 少々、お待ちをっ」
誰かの声がしたと思うと、「うんしょ、うんしょっ」と妙な掛け声と共に、一際大きな教壇の下に詰められた段ボールが抜かれていく。
あそこが出口兼用の入り口らしい。しゃがむなり這うなりしないとくぐれないだろうけど、こんな状態じゃ、そりゃしょうがないか。
「ありがとう!」
すぐに身を屈めてくぐろうとした天川さんだが、途中で思い直したように立ち上がり、振り返った。
困ったように小首を傾げる。
「あの……よろしければ、お先にどうぞ」
「あー、はいはい」
ですよねぇ! と思い、俺は肩をすくめる。
まあ、男への警戒心強そうだしな、この子。仮にそうでなくても、俺だって礼儀正しく視線を逸らしたとは限らないし。
俺が率先してくぐった先では、女子生徒が十名近くも待っていて、女子が苦手な俺は内心で困惑した。それでもなんとか咳払いして、「どうも」とだけ挨拶した。
釣られたように彼女達もちょっと頭を下げたが、一斉に突き刺さる視線が痛い。
しかも全員、「また使えそうにない奴がきちゃったわあっ」的な表情をしている気がしてならない。被害妄想、全開である。
ただ、次に沢渡さんがこっちへ出てきた時は、二人ほど口々に彼女の名を呼びながら、本人に抱きついてきた。たちまち沢渡さんも泣き声を上げ、三名揃って抱き合って泣き出す始末である。
うあぁ、非常に居心地が悪い!
幸い、すぐに最後の天川さんが出てきて、皆が気を取り直したようにまた出口を塞ぎ始めた。
しかしこれ、敵を多少は防ぐ効果があるだろうけど、空飛ぶ連中が窓でも破って入ってきたら、おしまいじゃないかねぇ。
自分達も逃げ道を塞がれることになる。
新入りなんで、今ここで意見することはしないが、相談とやらの時にでも言うだけ言うか。
などと俺が考えていると、遠くから野獣の吠え声のようなものが聞こえ、みんな一瞬、作業の手が止まった。
『グァアアアアアアアアーーーッ』
微かに近くの窓がビリビリ鳴るほど、でっかい吠え声だった。
きょ、恐竜のレベルじゃないのか、これ。
俺は廊下の窓の一つに飛びつき、慌てて周囲を見たが……あいにく姿は見えない。
それを限りに吠え声も途絶えたが、もちろん俺の幻聴とかではない。他のみんなも反応したからな。
俺はなんとなく、「おまえらなんか、いつでも噛み殺してやる」と魔獣共に威圧されたような気がした……さすがにそれは気のせいだろうけど。