アイドル登場4(終) ハイヒューマン、あるいは麗人(ハヤト印象)
もうホント、この際、きっちり話をつけるかっと息巻いたのだが、またしても階段を下りる足音がしたので、一時保留した。
「悪いが、キャンプやら買い物の話は、後にしよう!」
また敵だったら、目も当てられない。
しかし……今度の相手は敵ではなかった。
斑点女とか魔獣とかなら、接近してきた途端、ふんわりとよい香りがしたりはしないだろう。
中等部のセーラー服を着ていたが、その制服も実にぱりっとしていて、俺の制服みたいによれたところが全くない。
髪はいわゆる姫カットと呼ばれるタイプで、眉の上で切りそろえてあり、ストレートロングの後ろ髪は腰まで伸びている。
例の沢渡さんは可愛い系の少女だったが、この子は違う……どう見ても、麗人という方がふさわしく、正直、その美貌は同じ人間とは思えなかった。
ハイエルフならぬ、ハイヒューマンとか、そんな人種じゃないのかと――大真面目に考えたほどだ。
年齢に似合わない深沈とした瞳のせいか、中二にはあんまり見えないしな。
身長高めだし、胸大きいし……胸は関係ないか。
ただ一点! 左手の繊手に握られた大きなハンティングナイフだけが、この子の全体の印象を裏切っている。
それあるが故に、彼女にクール系の女戦士みたいな印象を持たせていた。
ナイフがなけりゃ、完全に美貌の聖女か神秘的な巫女さんかと誤解しそうなのに。
しばし見つめ合った後、彼女は前髪をさりげなく掻き上げ、そっと視線を外した。ちょっとした仕草がいちいち絵になるな、この子!
「後輩の子を助けてくれて――」
いいかけ、俺の制服を見て言い直した。
「後輩の子を助けてくださって、ありがとうございます……わたし、天川舞といいます」
「あ、ああ……うん」
テレビで何度か見たと言いかけ、俺は言葉を飲み込んだ。
そんなの、向こうにだってわかってるさ。
「お、俺は中原隼人。こっちも今助けられたし、おあいこだろ」
いかん、俺は美女には弱い。
幸い、駆け足の音がまたして、沢渡さんが踊り場に来てくれた。
「先輩、無事ですよねっ」
「お、おお……もちろん。だいぶ疲れたけどな」
俺が苦笑すると、天川さんが口を挟んできた。
「佳純さんによると、まだこっちに十名程度は残っていたとか?」
「いたね、うん。でも、大勢を相手にしなくていい場所だったし、なんとかなったよ」
「……その刀で?」
「そう、この刀で。いろいろと事情があってね、入手方法はちょっと言えないけど」
多分、どこで見つけたか訊きたいのだろうなと思い、俺は先んじてごまかしておく。驚いたことに、その機微を読んだらしく、一瞬だけ、天川さんは素早く俺を見た。
なかなか鋭そうな子だけど……切れ長の瞳ってのは、セクシーだなあ、しかし。
「先輩、凄く強いんですよっ」
色ボケした俺を、沢渡さんが嬉しそうにフォローしてくれた。
「いつも自信なそうに話すのに、いざ戦うと強くて頼りになるんですっ。わたし、お陰で死なずにすみましたものっ」
「いや……まあ……いろいろ幸運も続いたから」
秋だというのに、今日はむちゃくちゃ暑いなっ。
焦った俺を見て、初めて天川さんがうっすらと唇を綻ばせた。
おおっ、アイドルの人に微笑んでもらったぞっ。
日頃アイドルに興味ないくせに、俺がすっかり喜んでへらへら笑い返すと――その幸せを台無しにするような声がした。
またしても二階から!
『ったく、めんどくせー、誰だよ、こんな面倒な連中を引き込んだのっ』
『だよなあ、ちょい文句言ってやろうぜっ』
『死ねって感じだよな!』
胸に突き刺さる罵声と共に、階段を下りてくる。やたらとやさぐれた声の連中だった。
ぐっ……ひょっとしなくても、屋上にいた連中の中には、不良系男子生徒もまじってたのかっ。
正直、あんまり良い気分じゃないな。