ゲーム開始前に騒ぐ者は、ルール違反と見なす!
それぞれのパーティーは、ほんの十メートルほどの間隔を置いて、この見渡す限り吹きっさらしの平原で、円を描くようにして待機している。
今も次々と新たなパーティーが出現しているところで、これは本当に膨大な数だ。
「こんな人数、一度にダンジョン内に入れるのかしら」
エレインは周囲を眺めて不安を表明した。
「いやぁ、ダンジョンだと限ったものでもないだろう。本番で転送されたら、また第二ステージみたいにぎっちり魔獣がいる場所だったりして」
「それでも、これだけ数がいればどうにかなりそうですね」
マイが複雑な表情で呟いた途端――。
隣のパーティーから大声が聞こえた。
「おい、ねーちゃん達っ、今なら俺達のパーティーに入れてやるぜっ」
一斉にそちらを見ると、「とりあえず、一番むさくて小汚い野郎ばかりを集めましたっ」的な印象がある、男ばかり五名がこちらを眺めていた。
季節的に秋なのに、シャツのボタンを外して胸毛が見えるようにしてたりと、近付くと臭いそうな連中である。
彼らは俺をスルーしてマイとエレインとチュートリアルの三名をしきりにニヤニヤと眺めていて、視線がなんというかこう……肌に粘りつくようだった。
正直、俺がスルーされてて嬉しかったほどだ。
「なあ、聞こえてるだろっ。こっち来いよ。三人全員でもいいし、希望者だけでもいい。俺達が守ってやるぜええっ」
そいつはマイに向かって叫んだのだが、マイはやむを得ずといった様子で、首を振った。
「ご心配なく。わたしはこのパーティーが気に入ってますので」
「じゃ、じゃあ、そこの金髪ボインのねーちゃんっ」
答えようとしたチュートリアルが、むっとしたように自分の胸を見たのが印象的である。
代わりにエレインが叫び返した。
「ばぁーか! せめて胸毛剃ってから、出直しなよっ」
叫ぶだけじゃなく、びっと中指を立てて見せる。
どこで覚えたんだ、それ。
呆れている俺をちらっと見て、エレインはふいに俺の腕に縋り付いた。
「だいたいあたし、彼氏いるからっ」
「誰が彼氏ですかっ」
「そういう手段はナシでしょうっ」
マイとチュートリアルが同時に叫ぶ。
そこでむっとした顔を見合わせ、その後――なぜか二人して俺にくっついてきた。
「な、なにするですかっ」
動揺すると敬語になる癖がある俺は、さらに焦ってキョドってしまった。
いやこれ、キツいって。
存在感のある胸のエレインが腕を抱え込み、対抗するようにマイが正面から抱きつき、さらにチュートリアルまで背中に張り付くという。
三方向を女の子の肉体で固められたようなもんで、柔らかさとしなやかさとそれぞれの芳香に包まれ、頭がくらくらした。
いかんっ、なんかいろいろ反応しそうっ。
「スタート前に俺を骨抜きにしてどうするっ。あと、エレインはそんな風に煽るから、前も男達に恨み買ったんじゃないかぁ?」
照れ隠しに叫んだら、エレインが膨れた。
「えー、いきなり『やらせろっ』て言われたら、誰だってきっつい返事するわよっ。あたし、こう見えて未経験なのに」
ま、まあ……そりゃそうだな。
しかし今の「未経験なのに」ていう最後の部分のみ、なぜわざわざ俺の耳元で囁くのか。あと、本当ですか、それ。
「かぁーーーっ、見せつけてんじゃねえよっ」
「こっちは野郎ばかりなのに、腹立つぅううっ」
「三人とも、離れろっ」
話しかけてきた二人を先頭に、五名全員がこっちへ来るのを見て、俺は警告した。さすがにさっとみんな離れて、武器に手をやる。
「まだ開始前ですよ!」
チュートリアルが、巨大なバスターソードを虚空から引き寄せて叫んだ。
さすがの魔法付与の武器だが、本人よりデカくて重そうである。よく持ってられるもんだ。
「喧嘩沙汰などしたら、混沌から懲罰を食らうだけですっ」
「んなのは、やってみなきゃわかるめーよっ」
「とにかく、俺はあのねーちゃんを脱がして、素肌を拝むまでやめないねっ」
一人がマイを指差し、やむなく俺も刀を抜いた。途端に、周囲がどっと湧いた。
開始時間を待つ間、退屈してた連中が見物してるらしい。
「おいっ、警告するぞ! 斬りかかってきたら容赦なく反撃――」
そこまで言ったところで……もはや聞き慣れた混沌の声が遮った。
『それには及ばない、ハヤト。これは、この疑似ゲームのグランドマスターでもある、我々の領分だ。ゲーム開始前に騒ぐ者は、ルール違反と見なす!』
言下に、青白い雷の束が蒼天から降り注ぎ、向かってきた五人全員を襲った。
混沌のコントロール化にあるのか、雷光は何度も何度も彼らの頭上から降り注ぎ、文字通り黒焦げにしてしまった。
魔法使いらしき一人が、寸前で反応してシールドを展開したのに、濡れたわら半紙ほどの役にも立たなかった。
全てが終わり、焦げ跡だけが残ってから、チュートリアルがポツンと言う。
「もうすぐですし……お、大人しく待ちましょう」
当然、誰も反論しなかった。