アイドル登場2 そこまで知恵が回るのか
俺達は昇降口からそのまま階段の方へ走ったが、俺は一瞬、自分の上履きを取りに行きそうになって焦った。
ここを出る時にわざわざ履き替えに寄ったので、今度はスリッパに戻ろうとしたらしい。
こんな時まで習慣が出るから、学生なんてものは、ロクなもんじゃないっ。
だが、階段を駆け上がる頃には、さすがに少し余裕が出来た。
一階から二階へ上がる中間の踊り場にすっくと立ち、俺は刀を手に連中を待ち構える。
「沢渡さんっ、君は先に合流してくれっ」
俺はすぐに背後の彼女に勧めた。
ついでに、生涯で一度も言わずに死ぬだろうと思っていたセリフを、今この場で使ってやった。
「ここは、俺が引き受けたからな!」
「で、でもっ」
「大丈夫! ここなら前からしか来ないっ。屋上にいるのは今度こそまともな生徒みたいだし、同じ中等部だろっ」
早口でそこまで話したところで、乱れた駆け足の音がして、元中等部のゾンビモドキ共が走ってきた。
俺を見つけ、迷わず駆け上がってくる。
ちくしょうっ、一人くらい息を切らせろよっ。映画でダッシュゾンビ見る度に思ってたことだが、こいつらは疲れを知らんのかっ。
「ジネェエエエエエエエエッ、ゴロスゥゥゥゥゥッ!」
「やかましいっ、レベル5をナメんなあっ」
先頭切って駆け上がってきた小太りの生徒の胸を刀で突き刺し、素早く片足で蹴りつける。計算通り、そいつは他の連中を巻き込みつつ、どたどたと階段を転がり落ちていった。
この時、連中をざっと見た俺は、ふと違和感を感じたが――気のせいだろうと思い、首を振った。今、そんなことのんびり考えている場合じゃなしなっ。
「ほらね、俺なら大丈夫っ。だから、早く!」
青ざめた顔で俺とゾンビモドキ共を見比べていた沢渡さんは、ようやく頷いてくれた。
「わかりましたっ。応援、呼んできますかっ」
そう叫び、今度こそ迷いなく階段を駆け上がってくれた。
しかし――
「い、いやっ、応援はいらないぞおっ。彼女達に迷惑かけないために、片付けるつもりなんだからっ」
こう見えて俺は、見栄っ張りなんである。
ここで残っているのも、沢渡さんが逃げる時間を稼ぐという理由の他に、初対面のアイドルに会った時、「なにこの人っ。高等部の先輩のくせに、ゾンビみたいなのをぞろぞろ引き連れて逃げてきたわっ。あたし達まで危険に晒す気なのねっ。ショボい男だわ!」とか思われたくないからだ。
まあ、最後の部分は、さすがに考えすぎだとは思うが。
「つまり、男は辛いって話だ!」
沢渡さんはとうに逃げたが、俺は半泣きで喚く。
「だから、死ねやああっ」
狭い階段を二人並んで駆けてきた男女ゾンビモドキに対し、素早く刀を左右に振って、フェイントをかける。
怯むってこと知らない連中らしく、フェイントのつもりがよい意味で予想を違え、見事に刃が命中した。
「アグアアアッ」
「ギィイイっ」
よろめく二人に、早速追撃をかける。
「お帰りはあちらっ。次は日本語でオーケー!」
返す刀で、首筋に一撃、そしてさらに素早く二人目の肩口からざっくりと斬りつける。
揃って致命傷で、ゴロゴロと仲良く転がり落ちていった。
「ふ、普通の人間と違って、致命傷じゃないと駄目なのかっ」
そこは通常ゾンビと同じらしい。
怪我くらいでは怯まないのだ。
「でも、ここにいる限り、そう簡単には負けないさ!」
喚いてやったが、なぜか今度向かってきた女は、俺をひたと見据え、ことさらゆっくりと階段を上がってきた。赤い斑点顔を見れば、仲間なのは明らかなのだが。
手にしてる金属バットは、ベコベコにへこんでるしな……うへぇ。
俺が顔をしかめたその時――上の方、つまり二階の廊下を複数の「誰か」が駆けてくるのが聞こえた。
応援ではないだろう、こことは逆方向の、二階西側廊下の方から駆け足で来るんだか――ら。
「――っ! そ、そうかっ」
俺はぞっとして、正面の金属バット女を見た。
さっき、こいつらを見た時に感じた違和感……今こそ、その原因に思い至った。
最後に見た時より、集団の人数が少なかったからだ!
おそらく、上の階から接近してくる複数の足音は、こいつらの一部が、逆側の階段から二階へ上がり、こっちへ回り込んで来たからだっ。
「おまえら……そこまで知恵が回るのか……」
絶句して女を見やると、そいつはぺろっと舌で唇をナメ、キヒヒと笑った。
「ブワァ~~カ!」
こ、こいつら、もはやゾンビってレベルじゃないだろ! イカサマすぎるっ。