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発端1 謎のチュートリアルとヒノキの棒


 その時、俺がなぜ助かったかというと、たまたま授業中にトイレにいたからだ。


 数学の授業中に順番に当てられるのが嫌で、高校生のくせに敵前逃亡したのである。

 授業はあと十五分で終わりだったから、それまで粘るつもりだったが――その前に、なぜか外が騒がしくなった。



『ゴアァアアアアアアアッ』



(あれ? なんか獣の声みたいなのが)


 さすがに不審に思ったが、なにしろ俺は小心者なので、こうなると余計に出る気が失せた。

 有り得ない話だが、動物園から逃げ出した猛獣が、校内をうろついているかもしれないじゃないか。

 二年生の俺は二階のトイレにいるわけで、さすがにここまで上がってくるとは思わないが、油断はよくない。


 だいたいホラー映画だって、「なにかあった?」と間抜けな疑問を抱いて軽率に動く奴は、たいがい二分以内に死ぬと相場が決まっている。


 意固地にそんなことを考え、俺は頑として便器に座ったまま動かなかった。

 その間にも獣の吠え声みたいなのは続き、さらに人間の悲鳴まで加わり、集団で廊下を走る物音がした。


(こ、これはさすがにただ事じゃないんじゃ?)


 まだ授業中なのに、外で悲鳴がすること自体、穏やかではない。

 不安になった俺は、そっと上を見上げた――すると。





「――うわっ」


 思わず声が出た。

 というのも、白い文字が俺の頭上に浮かんでいたのだ。

 あたかもゲーム画面の選択肢のごとく、二つの文章がある。


《私は、努力が報われ、着実に強くなる世界を望みます》

《私は、これまでの自分に満足し、特に変化は望みません》


「……ぬうっ」


 なんだこの嫌な選択肢。

 外ではまだ騒ぎが続いていたが、俺は一人で呻いた。

 いや、そんな場合じゃないかもしれないが、これはこれで不思議だろう。誰が、なんの目的で、俺にそんな質問を投げかけるのか。


「せ、せめて、金の斧がいいか銀の斧がいいかとか、そういう選択にしてほしかった」


 それなら迷わず、金の斧にする。そして、売り払う。

 だいたい「努力」という言葉は、俺が最も嫌う言葉の一つである。

 しかし……それでも報われる道があるというなら……変化ナシよりはマシなのか。普通は、報われないからな、努力しても。


 そう考えた俺は、「努力が報われ~」という方の文字を、指でチョンと突いてみた。


 すると、いきなり「パラパラパァ~ン」と気合いの抜けるファンファーレが響き、《では、その方向で生存ゲームを開始します》と出て、「ハヤト:レベル1 武器:ヒノキの棒」と出た。ていうか、俺の名前が中原隼人(なかはら はやとなわけだが。


 ……あっけにとられた俺が眺めていると、最後にこんな表示が一瞬だけ出て、そして消えた。




《はじめに、魔獣達が襲ってくる。……その後、さらに嫌な敵がくる。死にたくなければ、抵抗しなさい》




「なんだそれ、俺に伝えてるの?」


 答えが返ってくる代わりに、ごとっと外で音がした。


「わあっ」


 意表を衝かれた俺は、思わず便器から跳び上がる。

 遅まきながら慌ててズボンを上げ、そっと外を覗いた。


「……は?」


 なんの冗談か、木刀が落ちていた。


「木刀!? 高校の男子トイレに木刀!?」


 連呼しつつ、俺はその木刀を手にした。

 しかしこれ、木刀の素材にしては、やたらと刀身部分が白い気が――て、まさかこれ、ヒノキで出来てるってオチか。

 つまり、見方を変えれば、ヒノキの棒である。


「……テレビの売れない芸人だって、もう少しマシなギャグを見せてくれるぞ」


 我ながら苦い声が出た次の瞬間、いきなりばんっとトイレのドアが開いた。


「た……たすけて……たすけてぇっ」


 俺と同じ二年の記章を付けた女子生徒が、ふらふらと入ってきた。クラスは違うが、合同体育の授業で見た気がする。


「ちょっと――ち、血が出てる……というか、出まくってるよっ」


 動揺した俺は、きっちりどもった。

 いや実際、ブレザーが半分切り裂かれ、肩からだくだく血が出ているのである。片方の胸が半分露出していたが、さすがの俺もときめかなかった。


「とにかくっ。ほ、保健室へっ」


 女の子に駆け寄ろうとしたが、あいにく遅かったらしい。

 というのも、どうやら最初からこの子に目を付けていたらしい大型の「なにか」が、「グアアアアアアッ」と魂が消し飛ぶような雄叫びを上げ、その子を後ろから押し倒したのだ。


「ぎゃああっ」


 凄まじい悲鳴が湧き起こった。


「う、嘘だろっ」


 震え声で呟く俺の目の前で、大型の犬くらいの図体をした黄色いそいつは、女の子の首にがぶっと噛みつき、噴水みたいに血飛沫を上げさせた。

 悲鳴を上げたのは最初だけで、女の子はもう動かないのに、ガフガフ噛みまくり、首を引きちぎろうとしている。


「おいっ」


 背後に窓があるが、さすがに同級生を見捨てて逃げられなかった。

 俺は巨大な獣に向かい、渾身の力で木刀を振り下ろした。



今回は短編じゃなくて、しばらくは続くと思います。

中編~長編……の予定ですが、どのくらいの長さになるかは、今のところ未定です。

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