主人公はまず辛い目に合わなきゃって思います
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魔力光に満たされた小部屋の中、俺は魔力契約の専門家である公証人に立ち向かう。
「じゃあ、情報提供ギルド設立の対価として、まずは寿命の半分いただきますね!」
そういって、契約公証人は黒曜石の切れ味悪い刃を俺の心臓に突き立てる。激痛とはいかないものの、肉をえぐり出されるような気持ち悪さと鈍痛が全身を駆け抜ける。ゆっくりと流れ出す血は黒曜石の刃を伝い、足元の契約紙に注ぎ込まれる。
「刺されたままで良いので、契約の補足事項、聞いてくださいね。」
軽く言ってくれるが、俺の人生20年でもランキング上位に食い込む頭のおかしな言い回しだ。
「まずは寿命の半分と、維持費として一年につき、残りの寿命の半分をいただきます。残りの寿命の半分ですよ! すごい! お得! 良心的! ですよね!」
血を失いすぎて、失神寸前の感覚では、悪徳商売感丸出しのそのセリフに突っ込むこともできない。
「はい、おしまいです。サービスで、予め来年分の維持費ももらっときましたんで、じゃんじゃん寿命稼いじゃってくださいね!」
「じゃあてめえ、いまの俺の寿命、4分の1になってるってことかよ、次会うときはぶっ殺してやるからな」
気を失いそうになるたびに、気を失ったらそこで契約終了ですよ、と言いつつビンタをかまして意識を保たさせて下さったクソ公証人に感謝の言葉を述べる。
「まあまあ、そう言わずに。実際私は情報ギルド、勝ち目あると思ってるんですよ。今日はしっかりと休んで、これからに備えてくださいね(笑)」
先程の悪態で気力を使い果たした俺は、煽りにも言い返すこともできず、どうにか公証人ギルドを出て行く。
とはいえ、今日は体力を使いすぎて何もできないから休もうとしたところで、世界はそんな甘えを許してはくれない。ギルド設立など、迷宮街の探索においては初歩の初歩の初歩。俺のような手ぶらの転生者ならば尚の事だ。
これからの雑務を考えると、気が滅入る。売り物である情報収集はもちろんのこと、情報を売るための販売路線開拓、そもそもなんの情報が売れるのだとか諸々のギルド方針の決定、方針といえば、まずは寿命を削ってまでギルド設立した理由であるスキルの設定から、寿命の維持回復までの……。
「なんか、だめな気がしてきた」
ギルドを出て三歩進んで二歩下がり、壁を背にしてもたれこんでしまった。
「いやいや、お兄さん、そんなこと言って、今日が初日だよ? 弱音はくのはまだ早いって」
馴れ馴れしい。誰だこいつは。弱りきって五感の半分も機能してないような今、個人を判断など、到底できない。というか、この世界に放り出されてまだ2日程度しか経っていない。ろくな知り合いなど誰一人いない。
「ほら、あれだけ血を失ったんだから、造血薬飲まないと。一ヶ月は動けないですよ」
そう言って、何者かは俺の口を開け、謎の瓶を口に突っ込む。明らかにやばいのだが、払いのける力もない。死ぬならそれはそれでいいかと、不健全な肉体で不健全な精神の俺は抵抗心もなく、喉に流れてくる液体を更に奥に流し込む。
これ、思ったより体に良さそうな味じゃん。なんて安心した俺は、気力だけで保っていた意識をつい手放してしまった。
「あ、起きた?」
どんよりと目覚めた俺が横を向くと、あの公証人が目に入ってきた。