政友さんは
翌日から稽古始まった。
三味線や唄はもちろん、生まれて初めて日本舞踊というものを習い始めた。
いくら演奏を担当する地方の芸妓とはいえ、踊れなければならないようだ。
ちなみに……。
「おいどが高い! もっと低く!」
お師匠さんが一番怖いのは、舞だ。
稽古のたびに怒られる。
「ただいま帰りました」
置屋に着くなり、
「お帰りやす。お稽古どないどした?」
政友さんが迎えてくれた。
「今日もお師匠さんに怒られました」
「期待されてる証拠や」
しょぼくれた私に、彼はやさしくそう声をかけると、頭をポンポン、二度撫でてくれた。
ふわりとした温もりに、心がほっとする。
小さい頃、だれかにこうしてもらったことがある。
(お母さんだ)
鼻の奥がツーンとした。
泣きそうだ。我慢しないと、面倒臭さがられてしまう。それに、お世話をしてもらっている政友さんの前で涙を流すなんて、申し訳ない。
上を向いた。涙が零れないように。そして、何度も瞬きをした。
そのとき。
「綺音はん、足元見てみ。足袋の上を毛虫が歩いてまっせ」
政友さんの声に驚いて、ぱっと下を向く。
しかし、見つめた先には毛虫なんていなかった。
「政友さん、毛虫なんていませんでしたよ」
すると、彼はくすくす笑った。
「うん、だって嘘やもん」
まるで、少年のように。
「無理やり、涙は堪えなくてええんやで」
ばれていた。泣きそうだったこと。
でも……
「なんか、涙、ひいちゃいました」
政友さんの言葉で、涙なんてどこかへいってしまった。
「ほんならよかった。笑ってた方が可愛いおす」
大人な表情に言葉が出なくなった。
「もう少ししたら千紗はんもこと乃さん姐さんも帰って来はるから、そしたら昼食にしまひょか。
それまでお部屋で休んどき」
言われるがままに、部屋へ戻った。