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気づいたこと


閉じた扇子を畳の上にまっすぐ置く。その内側に手をついた。これは一線は越えないという芸妓の心意気を表しているのだとか。


「こんばんは。おおきに。よろしゅうおたのもうします」


2人並んで挨拶をした。

白粉を塗って、綺麗に着飾った柚乃とのお座敷は今日が初めてである。


まずはじめに、お客様とお酌をしながら会話をする時間。

今日のお客様は、篠原呉服店のご夫婦だ。実は、このお二人、今までにも何度かお座敷に足を運んでくれている。


「あや乃ちゃん、お久しぶりね」


まず話しかけてくれたのは奥様のはなさん。


「へえ。お会いできて嬉しおす」


私の返事に、はなさんとその旦那様である信重さんがにこにこと頷いてくれる。

初めてのお座敷がこのご夫婦であるなんて柚乃はラッキーだ。


「今日は、うちの妹も連れてこさしてもらいました。7日後に見世出しの予定どす」


「はじめまして。あや乃さん姐さんの妹の柚乃どす。よろしゅうおたのもうします」


柚乃が両手を添えてはなさんと重信さんに千社札を渡した。

それから2人でまた頭を下げた。当たり前だけど、入門した時はお師匠さんに自分から挨拶もできなかった彼女がいまこうして深々とお辞儀をしていることがなんだか嬉しい。



「稽古は厳しかっただろう。それをここまで耐えて、素晴らしいね」


と、信重さん。


「へえ。特に最初の頃は挨拶やったり、言葉遣いやったり、基本的な礼儀作法を身に付けるのが何よりも大変どした」


「ぎょうさん叱られたんとちゃうか?」


「へえ」


柚乃が口元に手を添えて笑って答える。その笑みに、以前の「癖のある仕込みさん」の影はない。

ここまで来るのにきっと柚乃はたくさん努力したのだろう。池田屋事件の夜、見かけたあの小さな背中は、いまこんなにも頼もしくなっている。


自分が向き合った後輩の成長がこんなに嬉しいものだなんて、私は今まで知らなかった。

盃を交わしたこと乃さん姐さんも、ずっと面倒見てくれた政友さんも、私の今までをこんな気持ちで見守ってくれていたのかな……。

平成で私に三味線を教えてくれていた先生も、同じだったのだろう。幼い頃から見てきた生徒がどんな演奏をするようになるのか、楽しみに楽しみに稽古をつけてくれていたのに、私はまったく答えようとしてこなかった。

人に向き合うというのは簡単なことではない。注意をすることの難しさにも今の私は多少、気づいている。

もしもいつか、現代に帰る日が来るとしたら、今の私の演奏を、先生に聞かせてあげたいな。




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