安堵、不安、幸福
霜月。柚ちゃんが入門してから七ヶ月が経った。
今日は定休日。さっきお稽古から帰って来たばかりだけど、外はなんだか曇っていて少し肌寒かった。
少し冷えた手も温まって来たところで三味線を弾く。
いま重点的に稽古しているのは地唄の『黒髪』。
切ない恋心を唄った曲で、踊りが色っぽい。
「すんまへん、姐さん。いまよろしおすか?」
訪れて来たのは柚ちゃん。
あの池田屋事件の朝からほとんど毎日私のところはやって来て舞や三味線の復習にやってくる。
妹がこんなに一生懸命なのは本当に嬉しいけど……。
地方として出てる以上、私が受けてるお稽古は長唄や三味線など音楽ばかり。舞はしばらくやっていない。
柚ちゃんがいま習ってる曲なら私も同じことをしたからまだ教えてあげられる。でも、もし柚ちゃんが立方で見世出ししてもっと難しい踊りをするようになったら。
私は多分踊りに関して力になってあげることができない。
なんて頼りない姉芸妓なんだろう。
姐さんが私にしてくれたことを、私は柚ちゃんにすることができない。
その日の黄昏時のことだった。
「あや乃、ちょっとええか」
三味線を練習していたら政友さんからこえがかかった。楽器を置いて居間へ行く。
灰色の着物を着た政友さんと、おふくを結った少女が向かい合っている。柚ちゃんだ。
二人とも真剣な顔をしていた。この空気感、私、知ってる。
座ってから10秒くらい。政友さんが口を開いた。
「突然やけど、柚の見世出しが決まりました」
一言告げてニッコリとした彼の顔は優しくてたくましくていかにも置屋の主人らしい。
「一月後にあや乃に引いてもらって出てもらいます」
いま、柚ちゃんはどれだけ嬉しいだろう。
「名前は、あや乃から一言取って、『柚乃(ゆうの』や」
実力を認められ、名前をもらい、この世界に確実な居場所を得た安堵、不安、幸福。
嬉しさはきっと計り知れない。
霜月の終わり。私は姉になる。




