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声が出ないのは



何事にも、最後はくる。



「へえ、あや乃ちゃんの妹になる仕込みさんの柚ちゃんかぁ」



お座敷にお酒を運んできてくれた柚ちゃんに谷さんは微笑んだ。



「柚どす。よろしゅうおたのもうします」


きちんと座礼をした彼女の姿にわたしは心がほっこりする。


「しっかりしてはるなあ。声も綺麗やし、これからが楽しみやね、頑張りや」


谷さんのこういう言葉に私は何度も励まされてきた。

やる気がなくて適当に過ごしていた時も、お見世出しの時も。


「おおきに、ありがとうございます」


ほら、柚ちゃんも嬉しそう。

この人は、人と向き合うのが上手な人だ。



「谷さん、おおきに。柚の励みになったと思います」


「きっとあの子はええ芸妓にならはるで」


「谷さんが言わはるんなら間違いあらしまへんね」


二人で笑う。和やかで緩やかな時間だ。


「それにしてもあや乃がこんなにしっかりした姐芸妓にならはるとはねぇ」


それもそうだろう。谷さんは仕込みでこの街に来てから初めて接したお客様だった。当時の私の態度といったら。あの時はうまくやっているつもりだったけど今になって思い返してみるとあまりにも適当すぎて呆れてしまう。


「初めてお座敷にきはったとき、ろくに目も合わせへんし、上っ面の笑顔しか見せへんし続かへんやろなぁってじつは思ってたんよ」


今だから言える、と谷さんは付け加えた。


「そやけど初めて三味線を聞かせてくれはった時に、芯の強さに気づいたんや」


例えば、平成にいた頃に、この人に会えていたら、私はきっと三味線を嫌いになっていなかった。



一口お酒を飲んでから、谷さんがどこか遠くを見つめた。



「これからはたぶん、ここにはもう来られへん」



それから、こちらをぐっ、とみる。

何も聞くな、ということか。


「生きているかどうかも…ね」



政友さんから谷さんは尊攘派の志士で、志を持って戦ってる人だと聞いてはいた。

だけど。

谷さんは、怖くないのかな。

どうして自分の未来が来ないかもしれないことを当たり前のようにいうのだろう。


「俺はね、天子様のために、国のために死ねたら本望なんだ」


「怖く、ないんですか」


「怖くないよ、むしろ幸せだ」


まっすぐな目で言ってのけたあと、谷さんは俯いて当たり前だろ、と呟いた。


たしかにこの時代の人は自分の志と国の未来のために命をかけることを、厭わない。

だけどそれは当たり前のことなんかじゃないんだよ。

平成を行きてた私には到底できないし、むしろできる人の方が少ないと思う。私が生きていたあの時代があったのはそういう人たちのおかげ。すごいことだ。

でも。自分以外のことを大切に思える彼らがあまりにもまっすぐに夢を、未来を語るものだから、痛いくらいに切ないのだ。


「もしも、全ての人が自分の意思を貫けて、自由に生きられる日が来るのなら、本当にこれ以上のことはないんだよね」


谷さんの言葉がまっすぐに届くのは。

彼が相手のことを一番に考えて出たことを、言葉にしているから。


「あや乃ちゃん、ありがとう」


どうしてかな、声が出ない。




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