泣くとかや
政友さんが泣いたあの夜が明けてからは、室屋にも今まで通りの毎日がやってきた。
私たち芸妓衆はお稽古とお座敷に、政友さんはマネジメントに励む。そんな置屋の家事を女中さんたちがこなしてくれる。
気がつけば、芙蓉の花が開き始める季節になっていた。最近では夏らしく河原での夕涼みのお座敷にお呼ばれすることが多い。
今夜のお仕事は、島原で働く冬海太夫と一緒のお座敷が一件。太夫とは、幼い頃から厳しい稽古を重ねてきた教養のある女性しかなることができない、芸妓の最高峰だ。将軍や天皇にも謁見できるとかどうとか。そんな彼女がありがたいことに一芸妓にすぎない私の三味線の技術を買ってくれて、今晩のお座敷で私の演奏で踊りたい、と言ってくれたそう。
「こんばんは。あや乃どす。よろしゅうお頼みもうします」
当たり前だけど太夫さんとしっかりと話すのなんて初めてだからどうも緊張してしまう。
「冬海どす。よろしゅうね」
冬海太夫は、拙い挨拶にもふんわりと微笑んで返事をした。なんて素敵な方なんだろう。
今日のお客様が待っている料亭についた。
何度かきている料亭の、何度か演奏したことある部屋なのに、その襖を冬海太夫が開けたとき、なんだかいつもより気分が引き締まった。
「よろしゅうお頼みもうします」
挨拶をして顔を上げてから、私はひどく驚いた。
パチパチと拍手をしてくれたのは、新選組の皆さんだったからだ。
「それでは、ひとつ舞わせていただきまひょか」
ただ、冬海太夫がその美しい笑顔をこちらに向けてきたものだから、驚いてばかりはいられなかった。
いま太夫が舞っているのは、京の夏を歌った歌だ。すこし切ない歌詞と、哀愁漂う旋律で私のお気に入りの一つである。
滑らかな踊りを見ながら歌う。
『小夜ふけて 鴨の河原で 泣くとかや』
いつかこの時代を離れたら、私は泣くのだろうか。夢みたいな毎日を手放した後に、流す涙なんて残っているのかな–––––––––。
演奏しながらこんな感傷的な気分になってしまったのはきっと、冬海太夫の踊りがあまりにも綺麗で、神秘的だったからだ。




