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池田屋事件1




その日の夜ご飯は、鮭とお味噌汁と白いご飯と、お豆腐だった。


「柚、ご飯食べたら今日三味線のお稽古で習ったこと復習しよし」


「政友さん、わかりました。

姐さん、よろしゅうお頼もうします」


柚ちゃんが、箸を置いて、こちらに座礼した。

なんていうことだ。


「うん、頑張ろうね」



かなり嬉しい。


「あや乃がここまでしっかりするとは、姐さんになると違うんやな」


と、千晴。


「いままでうちのことどんだけ不真面目やと思ってたん」


「いっぱい」


私と千晴は爆笑した。




それから食事を終えて、柚ちゃんと三味線の稽古をして、寝る前に空を見上げると、空はやけに綺麗で、数え切れないくらいの星がきらきらしていた。


たぶん今は夜の10時半ごろで、平成にいた頃はたしかレッスンなんかでこの時間に駅にいることもよくあった。そのときは当たり前だけど、星が綺麗だった記憶なんてない。というよりも、空を見上げる余裕さえなかったかもしれない。


あの頃の私は、人間関係とか、テストの点数とか、そんなことで悩んでいたのかな。



考え事をしてから眠って、なんだかよくわからない夢を見てから、私は物音で目が覚めた。


外を見てみると、周りの置屋の店主さんたちが外に出てなんやら話している。


「千晴、ちょっと起きて」


隣の部屋で眠る千晴を起こした。


「なに。まだ明け方でしょ、寝かせてよ」


不機嫌に布団に戻ろうとするのを引き止めた。


「まって寝ないで、外見て」


曙色の空の下の景色を見て、千晴が少し固まる。


「これは大変や、政友さんに言おう」


それからすぐに二人で政友さんを起こしにいって、三人で玄関に出た。



「柚はまだ寝てるんかな」


政友さんの言葉に、胸が奇妙に跳ねる。

嫌な予感。



「私、見てきます」


玄関から、二階へ行く。通り慣れた廊下が、暗いからかなんだか怖い。


「柚ちゃん……!」


部屋に入る。


「居てへん……」


布団と高枕が残されて居るだけで、少女の姿はどこにもない。


「柚ちゃん!」


いろんな部屋を見て回った。


「柚ちゃん!」


置屋中を走り回った。


「柚ちゃんがいません! 置屋のどこを探してもいません」


池田屋事件。

歴史を動かす大きな事件があった日に、十四歳の女の子が一人で歩いているとするならば、危険すぎる。


「私、探してきます」


「あや乃! 危ないで!」


「あや乃、ここで待ってようよ」


政友さんと千春の止める声を無視して、私は夜明け前の町に飛び出した。


「柚ちゃん!」


何回も叫びながら、島原中を走った。

それでも、柚ちゃんはいない。



そして、私は決めたのだ。

こんな時間だったら絶対に叱られる。

それでも大切な妹を、放っておけない。


幸い、大門を出るための手形は持って来た。


「あや乃はんどないしましたん。こんな時間に外に出たらあかんえ。特に今日は物騒なんやから」


「柚ちゃんが……うちの妹がいてへんのどす。

だからお願いします、通してください」


「いくら手形を持ってるとはいえこんな時間に大事な芸妓を一人で歩かせるわけにはいかへん」


「そこをなんとか……」


何回も頭を下げたときだった。


「すんまへん。わてもついて行きますよってどうか堪忍しておくれやす」


後ろから聞こえたのは–––––––––––


「政友はんがついていかはるなら仕方ないな。気をつけて行きよし」


「おおきにありがとうございます!」


やっぱり政友さんは私のヒーローだ。






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