叱る
「なんで姐さんもついてきはるんどすか」
「お師匠さんから柚ちゃんの稽古についてくるように言われたんや」
なんとも会話が弾まない。
こんな空気では、せっかくの雲ひとつない青空も台無しだ。
歩いて数分。お師匠さんのお宅に着いた。
「こんにちは。室屋のあや乃どす。よろしゅうおたのもうします」
私はそう挨拶した私の後ろをついて柚ちゃんがついてくる。
挨拶、しないの?
普通こういうのって言われなくても真似してやるものなんじゃないの?
柚ちゃんは挨拶をするそぶりを一切見せていない。
「柚ちゃん、挨拶しよし」
「よろしゅうおたのもうします〜」
なんともやる気のなさそうな挨拶だ。
いったいどんな稽古になるのだろう。
「この音はこうや」
お師匠さんのアドバイスに返事のひとつない。
それどころか。
「はあ」
大きなため息ひとつ。
「ちょっ」
注意しようと思ったのだけど。
嫌々手を動かして弦を弾いた柚ちゃんの三味線からは、ぴったりの音が出てきた。
音感が、かなり良い。
半刻の稽古は、だいたいこのような調子を繰り返して終わった。
「あや乃ちゃん、ちょっとよろしいか」
「へえ」
廊下に出て、お師匠さんから一言。
「柚ちゃんなあ、どうにもやる気が出えへん」
「すんません」
妹のために謝るのも、姐の仕事。
「そやけどな、音感がほんまにええねん。びしっとあった音を出してきはるから、やる気さえ出たらようなると思うんや。
そこんとこ、頼みまっせ」
「へえ。お師匠さん、おおきに」
「おおきに。ありがとうございました」
帰りは、ちゃんと挨拶ができた。
さっきよりも少し気温は下がっているみたいで、風が吹くたび、気持ちが良い。
置屋に帰るまで少し距離がある。
私は、柚ちゃんを少し叱ることにした。
「もしかしたらな、柚ちゃんはこの町に嫌々きたのかもしれへんけどな。
お稽古代も、お着物台も全部ただとは違うんや。
それになによりもお師匠さんやって柚ちゃんのお稽古のために大切な時間をさいてくれてはる」
ちがう、もっと大事なことは。
「うちら芸舞妓言うのは、お客さんに安らぎを買うてもろてます。
そやから、向こうが期待してるもの以上を提供せなあきまへん。
そうするためにはぎょうさん頑張らなあかんのや。
この町に来て、大変なことばっかやと思うけど、芸妓は生半可な気持ちでできる仕事と違いますえ。
ここで生きていきたいんやったら、そろそろ覚悟決めよし」
柚ちゃんが顔を上げる。
初めて、目があった。
その表情は、まだ少し子供らしさが残っている。
きついこと言ってしまってごめんなさい。
私はいつまでここにいられるかわからない。
だから教えられるうちに、すべてのことを教えてあげたいのだ。




