嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ……。
目を開けた。
しばらく眠っていたみたい。
そこは、銅像の前ではない。
畳があって、天井があって、布団のある、和室だ。
とりあえず体を起こしてみた。
「目覚めましたか」
襖が開き、若い男性が入ってきた。
「体ん具合はどないどす?」
聞きなれない方言。テレビで舞妓さんや芸妓さんが話しているのを聞いたことがあるくらいだ。
「はい。大丈夫です」
そう答えると、男性は軽く微笑んだ。
「初めまして。わてはこの置屋の芸妓さんの男衆をさせてもうてます、室屋 政友どす。
ここの女将の息子なんやけど、母は昨日から用事でしばらく帰ってきいひんから、その間は自分が女将の変わりを任せられてます。
あ、わては男やさかい、主人か」
男衆、というのは芸舞妓の着付けをしている人のこと。
意味がわからない。
倒れていたところを親切な人が運んでくれたであろうことはなんとなくわかる。
しかし、ここまでしっかりとした京言葉を話す男性はなかなかいないし、"置屋"とは芸妓や舞妓を抱えている家のことだが、学校の近所にはないはずだ。
「あの、私はどうしてここに」
「半刻前くらいのことやったかな。
うちの前で倒れてはったさかいに、ここに運んできたんや」
「ご迷惑をおかけして、すみません」
倒れた場所が違う。とはいえ、迷惑をかけてしまったことに変わりはない。
「体調悪ないんやったら帰り。うちの人が心配しはるで」
ありがとうございます、とお辞儀をした。
ふと、窓にかかったすだれの隙間から、外の景色を眺めてみた。
–––––そして、絶句した。
「ここ、どこ」
低い建物が立ち並び、街灯すら立っていない。
こんな街、しらない。
「京の島原や」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ……。
だって、私は都内にいたんだよ。それに、いまの島原にはお茶屋営業をしている場所は一軒しかないって三味線の先生が言っていた。
だけど、すだれの向こうには、たくさんの人がいる。
「変なことを聞いてもいいですか」
ごくりと唾を飲んだ。
「いまの年号って、なんでしたっけ」
そうだ。
これが平成じゃないと考えたほうが、つじつまが合うのだ。
「文久でっせ」
ああ、大当たり。
文久は、明治の三つ前の年号だ。
きっと、ここは幕末の京都なんだ–––––。