政友過去編
それから、名門道場の跡取り息子が人殺しをした、と瞬く間に広まった。
「父さん、俺は人を殺してなんかいません。第一、俺は刀をまだ持っていないじゃないですか!」
父が大きくため息をつく。
「知ってる。知ってるよ、政秋」
その声は、落ち葉がこすれ合っているような、かさかさした、静かな響きだった。
「だけどな、お前が強いっていうのはこの辺りじゃ有名だった。だから他人の刀でも十分に戦えるだろうって言ってだれも聞く耳を持たないんだ」
俺は、ただ。
父さんみたいな綺麗な剣術がしたくて。
大好きなこの町を守れるように強くなりたくて。
ただそれだけのために頑張っただけなのに。
どうしてこんな間に合わなければならないのだろう。
「本当はこんなこと言いたくはないんだ。だけどな……」
顔がさらに暗くなる。
「お前がここにいたらもうこの道場は続けられなくなる。
……だから出て行って欲しいんだ」
この時、確かに心の中の何かが壊れるような音がした。
町の人からどんなに酷い言葉を投げかけられても、友達を失っても。
家族は–––––––父さんだけは俺の味方をしてくれるって心のどこかで信じてた。
「わかりました」
俺にはもう、味方はいない。
そして、十四歳の秋。
俺は親戚が営んでいる京の島原の置屋「室屋」に奉公に行くことになった。
掛里政秋という名前は捨てて、新しい名を貰った。室屋政友だ。
京へ出発の日。掛里政秋として過ごす最後の日。
「政秋!」
「平助」
「俺、信じてるから! お前のこと。
絶対いつかまた手合わせしような。
絶対強くなってお前に負けないようになるから」
幼なじみの言葉に不意に涙が溢れる。
もう、きっと会えない。きっと俺は竹刀も木刀もを握れない。刀を持てる日も来ない。
そうは分かってはいるけれど。
「ああ」
平助との約束に、今までの努力も少しは報われたような気がしたんだ。
「父さん、母さん。今までお世話になりました」
門のところで挨拶をする。
さようなら。これで最後だ。
父さんが、瞳を揺らしながら、頷く。
悲しい時に眉間にしわを寄せる癖、隠せてない。
「政秋、守ってやれなくてごめんね。
どうか、体に気をつけてね」
「母さん……。俺の方こそ、すみませんでした」
幸せにしてあげられなくて、ごめんなさい。




