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集積世界伝記  作者: 琴吹 羽純
第ニ章 集積する世界について
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007 集積する世界について_2

「それじゃ、詳しい話は明日以降という事で、今日のお部屋をご用意しましょうか」

「いいのか? 知ってると思うが、俺たちは文無しだ」

「そりゃ、こちらに来た人はみんな文無しですよ。大丈夫、異界から渡ってきたばかりの方は無料で利用できる決まりになってるんです」

「そうして貰えれば、俺たちとしてはありがたいが」


 ヨエルは「塔」の3階部分へと案内された。2階以降は宿泊施設になっているようで、階段では幾分か軽装の冒険者らしい一行とすれ違う。


「彼らも、言葉が通じた」


 冒険者達は口々に今日の行程についてなどを語っていた。軽く聞き耳を立ててみたが、ヨエル達にも理解できる言語を使っているのは明白だった。


「ああ、そうですね。その説明がまだでした。明日しようと思ってたんですが。……当たり前ですけど、異界の人たちの使う言語は様々です。私達も、すべての世界の言語を網羅する事はできません。ですから、我々はこれを使います」


 先導していたヒオが振り返って、左手首に撒かれた組紐のようなものを示した。ヨエルはそれを眺めた。魔力を感じる……いや、もっと繊細な力。


「この紐に込められたのは集積術式ロッカルーアといいまして、全界境団メアテルトが編み上げた秘術のひとつです。装着者の言語をこの世界の統一言語に自動翻訳するというものです。これが優れているのは……話す、聞く、読む、書くーーそれら全てに対応できる点ですかね」


 ヨエルは絶句しかけた。そんなものは、宮廷魔術師にも不可能な魔術だ。魔素を精霊の力で変換し効力を得る、ヨエルの世界の魔術体系のどれを極めても、そんな魔術を組み上げることは不可能だろう。


「境団に登録されている異界の騎士みなさんにお配りしてますので、お二人にもお渡しできますよ。それまで不便ですけど、少し辛抱してくださいね」


 ヨエルは苦労して頷いた。ヴラスタはまだ言葉を失っているようだった。


「ええと、ここがヨエルさんのお部屋ですね。とりあえずこれからの事が決まるまでは、ここを拠点にしたらいかがでしょう。イブオロの街はこのあたりでは一番大きいですから、何をするにも不便はないと思いますよ」


 ヨエルは部屋を覗き込んだ。広くはないが卓があり、寝台がある。寝泊まりするには充分な設備だった。

 部屋を改めていると、ヴラスタが興味深そうに部屋を見回した後、ヒオに向き直った。


「寝台がひとつしかありませんね。長椅子でもあれば、それでもいいのですが……さすがにひとつの寝台に二人は狭くないですか」


 驚いて振り返ると、ヴラスタは少し気恥ずかしそうにしていて、ヒオは妙に得心したような表情をしていた。ヨエルは苦笑しようとして失敗し、ヴラスタはいつもの無表情に戻って言った。


「もちろん、ヨエル様が同衾でもいいと言うのなら、私もそれがいいですが」

「これは、わたしの気遣いが足りませんでしたね。同室がご希望でしたら、もう少し広いお部屋もありますよ。寝台も、二人で眠れるものがあります」

「待て、待ってくれ」


 身体を翻して部屋を出ようとするヒオをどうにか呼び止めた。


「悪いが、別室があればそうしてくれないか」

「あら、ご遠慮しなくてもいいんですよ」


 ばつが悪そうに睨みつけると、また何かを察したようにヒオが破顔した。よく笑う女だ、とヨエルは思った。


「私は、ヨエル様と同室でも構いません。お側に置いていただきたいですし、そのほうが、何かあった時にお守りできます」

「嫁入り前の娘が、滅多な事を言うんじゃない。野営じゃないんだぞ」

「向こうの宿舎でも、私はヨエル様と同室をずっと希望してきました。シスエバにきつく叱られましたが」


 ヨエルは見知った宿舎管理係の意味深な表情を思い出して頭を抱えそうになった。ヨエルには預かり知らなかった話である。


「うふふ、そうですか、ちょっと残念。それじゃ、ヴラスタさんは向かいのお部屋が空いてますから、そこを使ってくださいね」

「ヨエル様がそう仰るなら、従います。……眠る時だけでも、隣に居てはいけませんか? 安心できます」

「それが一番問題ある時だろ。向かい側の部屋ならすぐ近くだ。それで納得してくれ」


 納得したのかしていないのか、とりあえずヴラスタはそれ以上言わずに、ヒオに案内されて自室に入った。忠節を尽くしてくれるのはわかるが、世間知らずなのは少し困ったものだ、とヨエルは思った。


「それじゃ、今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね。食事は下の階で、湯浴みは部屋でできますけど、ちゃんと身体を洗いたいなら二階に共用の浴室がありますので、ご自由に使ってください」

「至れり尽くせりで、申し訳なくなってきた」

「気にしないでください。わたしたちの仕事なんです」

「……そうだ、面倒ついでにこれを」


 ヨエルが差し出したのは、イヴオロの街に入った時に、荷車を守った商人に渡された羊皮紙の書類だった。ヨエル達には読めなかったが、ヒオにならば読めるのではないか、と踏んだのだ。ヒオは受け取って書類に目を通した後、ああ、と言った。


「討伐証明書ですね。お二人が仕事中になんらかの魔物を討伐したという事を、依頼者が証明する書類です。討伐した魔物によって賞金が出たりするんですよ。お借りできれば、明日説明する時に換金できますよ」

「なるほど。確かに手強いのを一匹倒した」

「どんな魔物かによって賞金も変わりますから、明日までに調べておきますね。それじゃ、私は仕事に戻ります。何かあったら一階にどうぞ」


 ヒオが忙しそうに階下に戻っていくのを見送って、改めて自室から出てきたヴラスタと顔を見合わせた。荷物を置いて多少身軽になったヴラスタは、当然という顔をしてヨエルの部屋に戻り、部屋の隅に立った。


「ずっとここにいるつもりか?」

「お邪魔であれば、お命じください。それまではお傍に」

「邪魔ってことはないが、疲れたろう。休んだらどうだ」

「いえ、私はここに」

「そうか。でもまあ、座るくらいしてくれ。気が咎める」


 ヨエルが勧めると、ヴラスタは椅子を取った。ヨエルは寝台に腰掛ける。簡素だが、清潔な寝台。手入れの行き届いた部屋だ。故郷の宿屋はどうだったろう、とヨエルは思った。


「こちらの世界は、いかがですか」


 暫しの沈黙の後、ヴラスタが口を開いた。ヨエルは少し考えを巡らせる。


「ヨエル様が求めたものは、あると思います。ここになら」

「そうだといいな。いや……」


 そうでなくては、困る。



…………



 翌朝。目を覚ますと、茶の香りに気付くより先に自分を見下ろす視線と目が合った。ヨエルが身体を起こすと、その視線は外れた。染め抜いたような群青の瞳。


「おはよう」

「おはようございます。よく眠れましたか」


 身支度をすっかり終えたヴラスタが寝台の傍に置いた椅子から腰を上げ、用意してあった茶の温度を確かめていた。


「少し冷めてしまいました。淹れ直します」

「いや、それでいい」

「……はい」


 少し不満そうなヴラスタに取り合わず、ヨエルは寝台を降りた。ふと目をやると、枕元に畳んだ着替えが用意されている。ヨエルはやや絶句した。


「母親みたいだな、ヴラスタ」

「私が、ですか……そうですか」


 まんざらでもなさそうなヴラスタを横目に見て、彼女が用意した着替えに袖を通す。


「朝食も、用意されているそうですよ。目が覚めたら、一階に降りてくるようにと、昨日の女性……ヒオ、と名乗りましたか。彼女が言っていました」


 ヨエルは頷いて、ヴラスタの茶に口をつけた。故郷のものと比べて当然少し味が違うものの、口に合わないという事はなかった。


「よし、では下に降りようか。今後の予定なんかも立てないとな」

「……この”教団”に、入りますか?」


 ヴラスタの問いに、ヨエルは少し唸った。どうするべきか、まだ決めた訳ではない。


「話は聞いてみよう。それから考える」


 ヨエルは立ち上がり、部屋を出た。階下からは、朝だというのに賑やかな人々の声が聞こえてくる。ヴラスタはヨエルの半歩後を続いた。



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