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集積世界伝記  作者: 琴吹 羽純
第一章 異界
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002 異界_2


 ヨエルは女性ににこやかに促され、ヴラスタと共に塔の門を潜った。塔は外から見た以上に広く、中通りの商店のような賑わいを見せている。辺りを見渡すと、酒場のようにも見え、また官庁府のようにも見えた。

 丁度、ヨエル達の国の傭兵ギルドの賑わいに似ている、とヨエルは思った。

 書類が広げられたカウンターの向こうとこちらでは白服の女と冒険者の男が難しい話をしているし、中央のテーブルには酒を飲みながら談笑する数人組の集団が見て取れる。商人とおぼしき男はしきりに冒険者に声をかけて回り、給仕らしき女は快活にテーブルの隙間を縫っていた。


「人の営みは変わらないな」

「そうですか?」

「うん」


 独り言のつもりだったが、返答はあった。案内されたのは塔一階の最奥、一番大きなカウンターテーブルの前で、女性は机を挟んでヨエルの向こう側に立っている。

 羊皮紙に似た紙に何かを記入しながら、気軽にヨエルの言葉に反応を示した。


「詳しい説明は、私がしてもいいですけど……もっと向いた場所がありますので、そちらに向かわれてはどうでしょう。あなたの目的がなんであれ、とにかくこちらの事情についての情報は必要ですよね」

「もっと向いた場所?」

「ええ。あなたのような”異界人”の方に出会った場合、基本的には”枝”にご案内するのが一般的ですので」


 女性は羊皮紙をヨエルに差し出した。何らかの書類のようだが、相変わらず文字は読めない。女性はそれに気付き、少し破顔した。

 ヴラスタは無言でヨエルの側に控えている。細剣の柄に手を乗せているのは、ヴラスタが警戒している時の癖だった。


「ええと、ここから徒歩で2日ほど東に歩いたところに、ここの倍ほどの大きさの街があります。イブオロという街ですね。そこにこの地域の”境団きょうだん”を管轄する”枝”があるので、まずはそこに向かって下さい。街に入れば、中央にここと似た塔があって、ここと同じ旗がかかっているので、すぐに見つかるはずです」


 異界人、枝、境団。聞きなれない単語が次々に飛び出してくるのに苦笑しながら、ヨエルは状況を飲み込もうと努めた。

 なぜ彼女とだけは言葉が通じるのかはわからないが、とにかく指標が示されたのは僥倖ぎょうこうだった。

 あてのない旅というのも悪くはないが、新たな世界に対する興味も湧いてきたところだ、とヨエルは思う。


「じゃあ、そこに行ってみようか。ヴラスタ、それでいいか?」

「いかようにも」


 女性は羊皮紙を筒状に丸めて、紐で縛った。厚手なので、少々の雨に濡れても大丈夫そうだ。


「歩いて向かうと時々獣の類いが出ますので、鳥車を使うと便利ですよ。足も速いので、今から乗ればもしかしたら夜には着くかもしれません」

「鳥車?」

「荷車に幌を張って、陸鳥ヤルシュに牽かせるんです。あなたの世界にはありませんでしたか?」

「ああ、馬車のことか」

「馬車……馬ですね。こちらの世界にも居ますよ。この地方では騎兵も荷牽きも陸鳥のほうが一般的ですけど」


 陸鳥ヤルシュというのは馬ほどもあるという飛べない鳥をいうのだ、というのはなんとなく理解できた。

 ヨエル達の世界には騎乗できるほどの大型の鳥はそう居なかったが、話を聞く限りでは、こちらでは代表的な家畜なのだという。


「鳥車をお使いになられるのでしたら、手配できますよ」

「それはありがたいが、我々はこちらの通貨を持っていないんだ」


 この塔に来る過程で、この世界でも貨幣経済が敷かれている事は確認できていた。硬貨の他に、木でできた割札のようなものでも商品をやりとりしているようだった。

 女性はヨエルの答えを予想していたように、ですから、と続けた。


「お仕事を紹介して差し上げます。報酬は、鳥車の貸出料という訳で」

「お仕事?」

「まあ、簡単ですよ。あちらの商人が見えますか?」


 女性の示した先には、2人組の男女が卓につき雑談を交わしていた。旅装だが身軽で、冒険者の類いには見えない。商人、という言葉に間違いはなさそうだ。


「彼らは鳥車でイブオロの街へと向かいます。この街で仕入れを終えて、イブオロに戻るところなんです。そして、荷を守る護衛を探していると依頼がありました」

 

 なるほど、とヨエルは頷いた。


「彼らとともにイブオロという街に行く。そこで、この旗を掲げた建物を探す。そうすると、この世界の仕組みが理解できる。あなたが、なぜ俺達の言葉を理解できるのかも」

「そういう事になります」


 できすぎている、とヨエルは思った。言葉も、恐らく文化も大きく違うであろう異界。まるで全て、ヨエルを迎え入れているかのように事が運んでいる。

 あの恐ろしい魔王がかつてこの世界に居たのだという事実を、忘れそうになるほどに、こちらは穏やかだ。街ゆく町人たちにも、ヨエルの世界で暮らす人々のような緊張感やある種の悲壮さはまるで感じられなかった。


「わかった」


 ヨエルは少し逡巡してから、女性に応えた。女性は微笑んで頷く。ヨエルは隣で控えるヴラスタを顧みた。


「悪いが、そういうことになった」

「わかりました」


 ヴラスタはいつものように、短く言った。女性は気軽に席を立ち、商人たちのテーブルへ話をつけに向かった。ヴラスタはもう細剣の柄に手を置いてはいない。

 出された茶らしき飲み物に手をつけようとしたヨエルを一度制して、ヴラスタは先にカップを取る。ヨエルは苦笑して、ヴラスタの後にカップに口をつけた。


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