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「まさか、こことはね」
「遠かった?」
「いや、どんな無理難題を言われるかと思ったから」
鈴代はさぎを背負ったまま、ため息をついた。ほっとしたのだ。
普段から重い物を持ち慣れておらず、すでに肩と腰が悲鳴を上げ始めているが、ここで下してしまえば男がすたる。
けれど、これ以上歩かされたら危うく倒れるところだった。
さぎが所望したのは、冬枯れた山の前だった。
家がもともと村はずれにあったこともあり、四半刻も歩いてはいないはずだ。
「前に話したけど、前に住んでいたところは北にあったの。わたしは、この山を通ってきたのよ」
「それは……ずいぶん大変だったね」
江戸に入って来るためには関所を越えなければならない。女の一人旅ということもあり、おいそれと通り抜けできないはずだ。この世間知らずさで通行手形も出たとは思えないが。
鈴代が訝しく思ったのを感じ取ったのか、さぎは背中に顔を埋めて、気まずそうに声を潜めた。
「そりゃ父さんに会いたい一心で、ちょっと無理もしちゃったわよ。周りのみんなにも止められたし。でも、会えてよかった。その……母さんが恋した相手とね」
背中で恥ずかしげに告白する様は、恋をする少女だ。
恋に恋をする少女だ。
稀に見る初々しさに、鈴代は笑った。
「はは、君も父上にそっくりだよ。思ったら一途で、情熱的だ」
「そうかしら?」
まったくその自覚はないらしい。不思議そうにつぶやいている。
「さて帰ろうか、ここは寒いよ。また薬を持ってきたから。次にここに来るのは春が来てからだね」
鈴代は来た道を戻り始めた。
背中でさぎが身体を固くするのがわかった。
「……なんで?」
「春になったら桜も咲くだろう?」
花かんざしの存在を秘密にしたまま、鈴代は悪戯っぽく答えた。
「へぇ、花を愛でる心もあったのね」
「僕は花も団子も酒ももちろん女性も大好物だよ? お花見が待ち遠しいよ」
厳しい冬を終え、自然と花は咲く。人間の身体も同様。
暖かくなったら、彼女の身体も快方へと向かうだろう。
そういう目算もあり、鈴代は春の訪れを待ち焦がれていた。