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 さぎ、と彼女は名乗った。

 布団に横たわったまま、彼女は眉をしかめた。

「これ、飲まなくちゃならないの?」

「君が苦いのは嫌っていうから最低限にしたつもりだけど」

 鈴代は半笑いで告げた。

 問診と脈診を終え、冷えと身体の衰弱が主な原因と判断した。今までは我慢していたのか、時たま咳をするようにもなっていた。そのたび、空気の漏れるような乾いた音がする。

選んだのは衰弱を補う十全大補湯と、身体を温める効果のある杏仁を使った薬だ。出かけ先ということで薬の持ち合わせがこれだけしかなかったのが悔やまれる。荷物持ちでもいれば話は別だが、贅沢は言っていられない。

また後日、薬を届けに来るべきだろう。

「もうちょっと詳しく診せてくれたら良くわかるんだけどなぁ」

鈴代は頬を掻いた。そこにはくっきりと手の跡が残っている。

「当たり前でしょ。男に、そう簡単に身体を見せちゃいけないって母さんが言ってたわ」

「下心の欠片もないのにー」

 むくれる鈴代に、さぎはふと自分の前髪に触れた。

「先生はこの髪を見ても驚かないのね」

 さぎは鈴代が本当に医者だとわかり、先生と呼び直していた。『あんた』よりはマシだが、なんとなくからかうような語調なのが気にかかる。

 本当に尊敬してる? と聞きたいのをこらえ、鈴代は答えた。

「似たような知り合いがいるんだよ。あちこち旅をしていたから、色んな人を見たことがある。黒だけじゃなくて栗色や赤毛、もちろん白い髪の人間も何人か」

 さぎは目を丸くした。

「へぇ……わたしは、自分以外には見たことないわ。父さんとは違う。だから、どこにいても知らない人がよく見に来るのよ」

「見た目だけに騙される輩は、どこにでもいるからね」

 自分のことをあっさり棚に上げ、鈴代は答えた。

 そうさせるのは見世物小屋に行くのと変わらない下世話な好奇心だ。けれど、その気持ちは十二分に分かる。それほど彼女は見目麗しい。

 ――見た目だけで、盛大に裏切ってくれたけど。

 鈴代は苦笑して、自分の仕事を果たすことにした。

成り行きとはいえ、関わった以上は最後まで付き合う。それが美人ならなおさら。

「いいかい? この薬はお湯で煮たてて――」

「ねえ、その人たち」

「ん?」

 彼女の問いは、ひどく切羽つまったものに聞こえた。

「ちゃんと幸せになれた?」

 答えるのが難しい問いだ。

 鈴代は肩をすくめ、はぐらかすような答えを返した。

「幸せ――っていうのがどういうものか、人によって違うだろうけど。まあ幸せそうな人もいたよ。家族がいるだけで十分とか、食べ物が食べれて雨露しのげる家があるだけでいいとか、人によって幸せの尺度は違うから」

「そう。そうよね……」

 さぎはため息をついた。

「昔は、この髪のせいで幸せになれないんだと思ってたわ。どこに行っても目立つから、町に遊びにも行けなかったし。母さんとも父さんとも違うのよ」

(なるほど)

 白子という者たちがいる。生まれつき髪が白く、肌も血の気を失くしたような色をしている。普通、目は紅色をしているが、彼女のように碧い目をしていることもあるのかもしれない。

 その特徴は子に急に現れ、両親、祖父母とも見た目は異なる。彼らは多く差別され、危険な目に遭うことも珍しくはない。彼女も、辛い経験があるのだろう。

 鈴代はそう納得したが、口では違うことを語る。

「僕は綺麗だと思うけどね。その髪、まるで玻璃を紡いだようじゃないか」

「それ、前に会った人たちにも言ったんじゃない?」

「まさか。君だけだよ」

 からかわれていると思ったのか、さぎは頬をむくれさせた。

「別に良いわよ、同情なんて。父さんとこうやって暮らしてるだけで幸せだし」

 その子供っぽいしぐさに、鈴代はくすぐったいような感じを覚える。

 それは、もう何年も忘れかけていた感覚だった。


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