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「はぁー、ごめんなさい。わたしって昔っからそそっかしくって……母さんにもよく言われてたわ。あっはっは」
「へ、へぇ。そうなんだ」
からからと笑う彼女に、鈴代はこっそり顔を引きつらせた。
細面に、柔らかな絹のような髪。目は澄んだ垂水のように碧い。かといって冷たい様子は微塵もなく春の初め、小春日和に溶け始めた雪華のようだ。
顔も後ろ姿に適うほどに整っている。のだが、あけっぴろげな態度といい、豪快な笑い方といい、多少庶民的すぎる。鈴代が同座しても特に恥じらいもないらしい。これが武家の娘ならば、一言も発することなくお人形のように座っているだろうに。
「ほら、お礼だからどんどん食べてって。あんた細っこいから、見た目気にしてあんまり食べてないんでしょ? それか服にお金かけ過ぎてるタイプだわ」
「うわ鋭い」
鍋から汁ものをよそう娘に、鈴代はうめいた。
娘はもう白い衣から色味の付いた着物に着替えている。そうするとあの神秘的な雰囲気は影を潜め、普通の町娘にも見える。やや白すぎる肌と髪色を除けばだが。
ちなみに、鈴代もいつもの黒羽織は脱いでいる。顔も衣も土だらけになり、泣いていた彼女を家まで運んできたのだ。おかげで土汚れがついてしまった。霜が溶けてきて、地面がぬかるんでいたのがさらに悪かった。
「娘を連れて来てくださり、どう礼を言えばいいやら……」
「いいのよ父さん。どうせ下心があるタイプだろうから」
「うわ図星」
再びうめいて、鈴代は芋をほおばった。
煮崩れせずふっくらとしていて、噛みしめると出汁の味わいが口に広がる。外の空気のせいで、すっかり凍えていた身体にしみ渡る。
「それで、どうしてこんな何もない村に? まさかわたし狙いじゃないわよね」
はい。その通りですよ、お嬢さん。
……と、さすがに言うわけにはいかず、それっぽいことをでっちあげる。
「実は僕は医者で、この辺りの村を回ってるんだ。誰か、困ってる人はいないかなって」
回ってるも何も、普段からろくに仕事はしていないのだが。
どうせこの親子は村から出ることなどないのだから、どうせばれやしない。
娘は、ぱっと顔を輝かせた。
「お医者? え、じゃあ手から花とか出せるの?」
「出せないよ、医者だもの!」
この娘は医者と手妻師を間違えてるんじゃなかろうか。
鈴代が何とも言えない顔になったのを見て取ったのか、父親が慌てて間に入ってくる。
「すみません。何分田舎育ちですので、なにとぞご容赦を」
「何よ。田舎娘で悪かったわね」
鈴代は大きく頷いた。
「そりゃもちろん。娘さんご病気ですもんね。医者を逃がしたら敵わない」
その刹那。
部屋の空気が凍りついた。
外の空気よりなお寒く、氷の粒のように降り積もる。
「恐らく、悪いのは肺じゃないですか? 顔色と息切れ、それと背負っている時に音が聞こえましたよ。村の中で流行り病だと知れれば、家族だって会いに来られない」
「……だったら、なに?」
その目は挑戦的だったが、声は震えていた。
「村のためとか言って、わたしを閉じ込める?」
「まさか。そんな物置に宝物を仕舞うようなことはしない。美しいお嬢さんを人目に付かない場所に隔離するなんて幕府の、いや世界の損失だね」
薄碧い目を真ん丸にして、それからふきだした。
「面白い冗談言うのね。顔に見合わず」
「どういう顔に見えてたのかわからないけど、僕はいつでも真剣ですよ。お嬢さん」
手を握ろうとして、かわされる。
「どこが真剣よ。口説き文句は鈍らじゃない。医者ってみんな、あなたみたいに変わってるの?」
鈴代はよけられた手を胸に当て、一礼した。
「僕は僕。さてお嬢さん、その胸の内を僕に診させてはいただけませんか?」
それが彼女との出会い。
その後で大笑いされたことだけが、鈴代の最大の後悔となったのだった。