始まりの始まり。
見きり発車でいきます❗
「どうか教えて下さい。」
そう言って、年老いた老婆に身なりのよい男が頭を下げるのは、もう何度目になるか。
ずいぶん長い時間が過ぎたように思うが、男が居る場所は土に潜った小部屋で有るため時間の経過が分からず、さりとてし舞い込んだ時計を見やれば、帰れと言われかねない。
所々草や泥の染み付いた布を頭より被り円座に座る老婆は、時折小枝の皮を向いたり、石で黒々とした何か実を磨り潰したりしながら黙りこんでいた。
「トゥリーティアの神官が、いったいこの婆に何を尋ねるという」
ようやく言葉を発した老婆に、男は顔を上げた。隠しきれない喜色を浮かべて。
「何をおっしゃるのです。精霊の導き手として彼らと言葉を交わせるあなた様ならば、我らが探している娘が今、どこにいるのかがたちどころにお分かりになるでしょう」
顔を覗こうと首をかしげた男に、溜息をつきながら顔を上げ老婆は、目を合わせた。
そして、合った目の色に男は息を飲んだ。眼窩は窪み、皺や落ちた瞼の合間に、薄く赤く光る目があった。
「精霊妃の目・・・。まだお持ちということは産まれてはいない・・・」
「お前さんに教えてやってだ。その娘をどうする気だ」
「王国は疲弊しています。民は餓え、戦はやまず、我らの力も届きずらくなり・・・導きが必要なのです。国が、王国と民を結びつけるものが」
「花嫁は、人の物にあらず。人に産まれるもその慈悲と愛は人の物にはならない。見出だされるまで、密やかに育まれるべきだ」
「けして、奪おうなど考えてはいません。来るべき時まで、民の光となっていただきたいだけです。王国が沈めば、元もありますまい。どうか、伏してお願いいたします」
身を地に投げ額を擦り付けるように懸命に願う男に、老婆は折れた。哀れに思うのと、国内の状況に憂い、こんな場所に隠れ住むようになったのとで。
「消して、消してだ。娘も身内も粗末に扱うでない。しかし、過分な扱いもしてはならない。そして、来るべき時がきたら、娘に自由を。忘れてはならん。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
「違えるなよ。神官長。そなたの名で約定を交わしたからな」
「かしこまりまして」
数日後老婆は死に、遺体諸とも小屋は地中に完全に埋没した。付き合いのなかった老婆の死を知り悼むものもなかった。故にその眼窩は空であったことを知るものもなかった。
更に数ヶ月後、国境に赤い瞳の赤子が産まれた。そして、目も開かぬうちに両親の手より奪われた。同時期、トゥリーティアの神官長が亡くなり、新たに王家より選出された神官長により、精霊の花嫁の存在が告げられ、戦は止んだ。
リルーシェと名付けられ、トゥリーティアの巫女姫とし、長じていくこととなる。