三門の夢と謎(もしかして:何かの予兆)
因みに題材は氏が現在某SNSにてアイコンとして使っておられるイラストである。
「然し何なのかね、この場所は……」
闇夜の草原、
「まあ、どこだろうと構わないけど」
寝転がった私は、雲一つなく透き通った夜空に浮かぶ月を眺め呟く。
「ああ、綺麗な月だ……」
私の名は三門風香。愛知の片田舎で産まれ育った、どこにでも居るような普通の女子大生だ。
然し私はここ最近、少し変わった状況に置かれて(いると自覚するようになって)いた。有り体に言えば『毎晩同じ夢ばかり見ている』のである。
或いは『他の夢も見るには見るが、ある一つだけが記憶に残り過ぎるので同じ夢ばかり見るように錯覚している』だけかもしれないが、どちらにせよ同じことだろう。
夢の内容(則ち、現在夢の世界にある私の状況)は至極単純で『月夜の草原に寝転んでいるだけ』の一言に尽きる。他に何をするでも、何が起こるでもなく、ただ夢の世界で眠りに就く(要は現実世界で肉体が目覚める)までひたすら寝転んで月(それも、決まって寸分も欠けている様子のない見事な満月)を眺めているだけである。
否、この言い方では語弊があるか。"だけ"とは言ったが、それは"夢の世界での私は身体の自由を奪われており、自分の意志では起き上がる事すらままならない"という意味ではない。現実で五体満足である私は夢の世界でも自由に身体を動かす事ができ、実際辺りを探索しようと歩き回った事もある。
だが探索の意味は殆どないに等しく、大抵の場合幾ら進んでも私の周囲はまるで同じ高さの草が果てしなく生い茂るだけであった(つまり私が寝転んだまま動かないのは、他に何もすることがない為である)。
ただ、収穫が皆無だったかと言えばそうでもなく、気まぐれに歩みを進めた所、適度な大きさの砂利に囲まれた池を見付けることができたのだ。水は透き通っていたが生き物の気配はなく、波のない水面に相変わらずの満月が映っていたのを今も覚えている。
その見事な水面をまたぼんやりと眺めていた私は、ふとそれが鏡になるのではと思い軽く覗き込んでみることにした。そうして見えた"自分の姿"に、私は思わず飛び退く程驚かされた。
――何なんだ、"こいつ"は!?
最初見た時、そう思わずには居られなかった。
更に付け加えるならその感覚は"こいつ"というより"これ"に近いものだったようにも思う。
鏡のような水面に映し出された私の顔は、それ程までに形を変えていたのだ。
――こんなに形が変わっていたのに、何故今の今まで気付かなかったんだ?
再び水面を覗き込みながら、私は思った。
夢の世界に於ける私の顔は、一言で言うなら白い狼のそれだった。ならば胴体や手足はどうなっているのだろうかと思って見てみるれば、確かにそれらは狼のものと思しき毛皮に覆われており腰か尻の辺りからは尻尾まで生えていた。だがその色はと言うと、頭とは対照的に宵闇を思わせる黒だったのだ。
どうにも不自然だと思って手探りで調べていると、やがてその真相が見えてきた。
――これは、作り物か。
そう、てっきり肉体がそのまま遺伝子レベルで変異したと思っていた"白い狼の頭"は何者かが私の頭に被せたであろう狼の仮面であり、"黒い毛皮と尻尾"もまた同じく何者かが私の身体へ着せた何らかの衣類だったのである。
素肌に着せられたそれらは何故か脱いだり外したりできなかったが、自覚がない程身体に馴染んでいるし、どうせ夢の中での出来事だし気にするまでもないだろうと割り切ることにした。
その後も私は少しの間夢の世界の探索を続けたが、幾ら歩こうともあの池以外には何も見付からなかった。結局の所、見始めてから現在に至るまでこの夢については殆ど何も判らないままである。
だが私は、別にそれでも構わない気がする。
何故ならば――
「ああ、今夜も本当に……」
――こうして、この夢を見られるからである。
「……月が、綺麗だなぁ」
毎晩一人でこの月を眺めていられる。正直な所、私はそれで十分なのだ。
因みに三門っていう主人公の名字にも理由があってな。察しのいい奴なら当然気付いて(くれ)るよな?