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リトープスとの日々

作者: 楠樹 暖

 リトープスという多肉植物が脱皮する植物というのは彼から聞いた話だ。彼は半年ほど前にこの町内に越してきた。何度か道端で会い挨拶を交わしているうちに、家に来ないかと誘われ、今では友人と言えるほどの仲になった。私が彼に感じたように、彼も私に何か親近感のようなものを抱いたのだろう。

 彼はリトープスという多肉植物を育てていた。リトープスは薄茶色をした小さな丸い植物で、真ん中に一本割れ目が入っていた。葉っぱらしいものは無いが、実際は二枚の葉が太くなって石に擬態しているのだという。

 彼に見せてもらったリトープスは人の肌のように見えた。表面のうねうねとした模様が私を惹きつける。割れ目を覗くと、奥で緑色の目玉がジロリとこちらを睨んだような気がした。

 彼がリトープスを世話するときは、まるで人間に愛情を注ぐように接していた。ただ世話をするといっても水をやるのは月に一度。サボテンのように暑いところで育つ植物なので水をやり過ぎると腐ってしまう。だから、世話をすると言っても基本は放置するだけ。彼はただ、日の当たるところにリトープスを置き、それをぼんやり眺めているだけだ。

「そういえば、また行方不明の事件があったみたいだよ。今度も女性らしい」

 私は近所の人が最近噂をしているゴシップネタを彼に振ってみた。

「あぁ、そう……」

 彼の返事はそっけない。彼は世俗に疎い。まるで関心がないかのようだ。私以外の人間には心を石のように閉ざしているようだった。むしろ、彼にとって世の人間がその辺に転がる石ころのように見えているのかもしれない。

 彼が最初に育てていたリトープスは直径二センチ程の小さなものだった。ある日、彼が「君に見せたいものがある」と言って持ってきたのは直径十五センチ程の大きなものだった。メロンパンを茶色くしたような姿に私は一目で惹きこまれた。

「美しい……。ずっと見ていたい」

「君ならそう言うと思ったよ」

 やはり彼とはどこか趣味が似ているようだ。

 暖かい日差しの中で彼と二人リトープスを眺めていると、柔らかな眠気が訪れた。

 ――リトープスの割れ目が大きく裂けてきた。リトープスの脱皮が始まったのだ。裂け目はどんどんと広がり、中から新しいリトープスが出てきた。いや、あれはリトープスではなく人間だ。人間の少女が出てきたのだ。一糸も纏わぬ少女は私の方を向き、にこりと微笑んだ。

 夢を見ていたらしい。大きなリトープスはそのままだ。あれは私の願望だろうか? それとも、リトープスの見た夢なのだろうか?

 リトープスは夏の間は休眠する。休眠中は水を一切やらないため、水分を失ってしわしわになる。しわしわの大きなリトープスがもう三頭にもなる。その大きなリトープスを私も育ててみたいので、どこで手に入るか聞いてみた。しかし、彼は教えてくれない。ただし、「見たければいつでもここへ来ていいよ」と、合鍵を渡されたので毎日のように彼のところへ来ている。

 ある日、彼のところへ行くと、家の前に警察官が来ていた。何があったのだろう? 彼は留守の様だ。彼から渡された合鍵で家の中へ入る。警察官は「うっ」と言って鼻と口を押えた。

「どうしたんですか?」

「あなた、この異臭が分からないのですか?」

 どうやら、この家はかなり臭うらしい。私には特に違和感はなかった。いつものように、彼の心地よい香りがする。

いつもは家に居るはずの彼はどこにも居ない。彼のリトープスも最初からあった小さなリトープス以外は三頭とも無くなっていた。

 臭いの元を辿ると、私も入ったことのない部屋へ着いた。部屋を開けると中には人間の女性と思われる遺体が三体転がっていた。すべて頭部が切り取られ、脳みそが抜き取られた後だった。そしてもう一つ、遺体と呼べるか分からない物も転がっていた。脱ぎ捨てられた服のように無造作に置かれたそれは、背中の部分が裂け、まるで脱皮をした人間の皮のようだった。そして、歪んではいるが、その顔は彼の顔そのものだった。

 行方不明の少女の噂話は、猟奇的連続殺人事件へと進展した。犯人は少女たちの脳みそを持ったまま失踪。現在も行方は分からない。

 私は彼が残した小さなリトープスを育てている。そろそろ私も大きなリトープスを育ててみたくなってきた。しかし、人間の倫理観が私を引き留める。私も彼のように自分の殻を破ることができるだろうか?

 彼が残したリトープスが脱皮を始めようとしていた。


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