Vector Hearts
「他人を指差すな」と、親に言われたことはあるだろうか。
なぜ失礼なのか、なぜダメなのか。そんなことを気にした子供時代を送った記憶はないが、俺はそれをすると死ぬ自信がある。
もちろん、失礼だからと怒った親に殴り飛ばされるからとか、そういう理由ではない。それをこれから説明していくうえで、ある日俺の身に起こってしまった出来事を先に簡潔に言っておこう。
“指差した奴の心が見えるようになった”
この一言に尽きる。
何を言っているのだと思うだろう? 俺だって最初は何が起こっているのかわからず、パニックになって人差し指を突き出したまま360度その場でターンして10人近くの心の中を意識せずに覗き込み、その感情の渦に飲み込まれた衝撃でそのままブラックアウトしたものだ。
そして、それから数年間。気をつけに気をつけ、このヘンテコ能力とも呼べる力の使い方を試行錯誤の末に理解したと、思っている。原則として、俺の右手の人差し指限定で、指差した人間の精神的な部分がわかる。それは、心という一言で片付けられるようなものではない。細かな感情までわかってしまうのだから、かなり具体的にわかってしまう。誰が、誰に好意を抱いているのか、とかも、然りだ。
どうにも申し訳ない気持ちで満たされてしまった俺の心を覗ける人は居らず、一人で悶えていたのはホントのところだが、誰にも言っていない。
「ところがそうでもないんだなー」
そう、人はいない。だが、人以外にいた。幽霊をあまり信じていないのだが、人外を信じるかと言われれば信じるしかない。ここで否定すれば、なんとなく自分も否定してしまうようでなんとも否定し難くある。
それ以前に、困り果てていた俺の前に現れたのが、見た目“妖精”としか言いようがないコイツだったから、というのもある。毬藻に半透明な羽、翼……? らしきものがついていて、ふわふわ浮かんでいるのだから、妖精、としか言いようがない。
「まあ、君がこうなってしまったのも、元はと言えば大天使様のせいだからねー」
この妖精、名前を……。
「私の紹介する前にさー、自分の名前とかくらい言ったらどうなのよ」
気づいていると思うが、コイツは基本的に心を読んでくる。やりにくい。とてつもなくやめてほしい。
「はいはい、いつもどおりの文句は聞き飽きたから、自己紹介くらいしなって」
「誰に自己紹介するんだ、俺は」
どうせこのふわふわは他人から見えないというよくありがちな設定が適用されている。自分の部屋の中だから俺が何を喋ろうと、誰が気にするわけでもないのだが、個人的によろしくない。
「明日から新学期で、クラスどうなるかわからないし、また自己紹介しなきゃならないってさっきまでブツブツ言ってたのは誰かしら?」
「そんなの、名前言ってよろしくお願いしますって言っとけばいいんだよ」
確かにどうしようかと考えていたのは確かなのだが、ブツブツ言った覚えはない。コイツが勝手に人の心の中の独り言を覗き込んでいただけなのだ。
「はい、じゃあ予行練習!」
「……九重天葵、です。よろしくお願い……」
「なんか一言とかないの?」
「だからよろしくって……」
「部活?」
「帰宅部」
「そうよね、じゃあ……趣味?」
「読書と、強いて言えばオーケストラ鑑賞とか」
音楽は好きだ。何が好きとか、楽器を演奏しているから好きとかそんな大層な理由ではないのだが、音楽を聞くのは好きなのだ。
「うんうん、音楽鑑賞はいいんじゃない?」
「他、何もないけど」
「これくらいにしておきましょ」
「はいはい。で、ミリア」
「なーにー?」
「大天使って、まだこっちに来れないのか?」
「そうねー、相当怒られてたから……」
先程もこのふわふわ、ミリアが言っていたことだが、俺のこの不条理な状況を作り出した張本人が、大天使という、天使達の親玉なのである。そして、ミリアも、妖精ではなく、天使の一人なのだとか。まったくそうは見えないのだが。
「に、しても……改めて考えると困ったものよね」
「一番困ってるのは俺だ」
「わかってるって」
「人間を観察しよう」と大天使が言いだしたのがきっかけらしい。それには天使達も賛成をしたらしく、順調に計画が進み、いよいよ実行となったわけだ。が、計画の内容は当初の観察から少し筋が外れたものになっていたのだと言う。
「普通の人間に超能力を与えたらどうなるのかを観察し、人間の本質を見てみる」
相当わけがわからない。
そもそも、ただ観察するだけだったのであれば、自分達の姿が見えないのだから、ふわふわそこらへんに浮いて見ていれば済む話だったはずなのだ。それをなんだ、超能力を与えてみたらどうなるのかなどという、疑問まで生み出して。俺としては何故に超能力を与えようとなったのかがわからない。与えられてしまった俺としてみれば、この能力が超能力だと感じたのも最初の話で、使い方がわかってくると、そこまで“超”がつくほどの能力でもないように思えてくるのである。
そしてその横暴な行いが神様とか、お偉いさん達にバレたらしく、大天使は今や、説教と始末書と反省会の毎日らしい。お偉いさん達は一刻も早くその不運な目に遭ってしまった人間への謝罪と状況説明、救出など、色々な理由でとりあえず、このミリアを向かわせたのだという。
そしてその不運な奴が俺で、俺の所にめでたくミリアはやってきて、事の顛末を教えてくれたというわけだ。
「それにしても、見つけるのに意外と時間がかかったのよね」
「それは、俺が能力を使ってなかったから、か?」
「そうそう、まさか使い方を理解しているとは思ってなくてね、無意識に使いまくってると思ってたのよ」
「……さすがに気付いた」
それもそのはずだろう。能力がある日突然俺に与えられてからミリアがこちらにくるまで、俺の生きている時間は3年も経っていたのだから。3年の年月の中で、死にかけたのは両手ほどある。いずれもやってしまったと思った瞬間に目の前真っ暗になっていて、結局周りが大騒ぎして、ありがたく救急車で運ばれていた。原因不明の病気じゃないかと何度も医者に言われたわけだが、目が覚めれば異常なしなわけで、自分で原因もわかっているのだからどうしようもなく「大丈夫」と言うしかなかった。
翌日。
桜が咲き始めた春。今日から新学期の始まりとなる。高校二年になる俺は、いつもより、少しだけ早めに家を出ようとしていた。
「はい、お弁当」
「ありがと、母さん」
「薬は持った?」
「大丈夫だって」
「そ。気をつけていってらっしゃい」
「ん、行ってきます」
玄関まで見送ってくれるのは、もう母さんの日課になりつつあった。
俺には兄弟は居らず、一人っ子。さらには父親は仕事の都合で5年前から海外。長期休暇にしか帰ってこない。現在は母さんと二人暮らしになる。
自転車のカゴにカバンを詰め込んで、ペダルを踏み込んだ。春の少しぬるい風を受けながら学校への道を行く。
「薬、飲まなくてもいいんじゃなかったの?」
制服の胸ポケットにすっぽりと収まっているミリアは少しだけ顔を覗かせながら声をかけてきた。ところで、顔とは言ったものの、見た目毬藻にしかみえないわけで、どこが顔だとか、目だとか鼻だとか、わからないのである。絵描き歌にするならば、丸描いて羽2つ。それで終わるような外見なのだ。
「まあ、先週そう言われたけど……心配してくれてるんだと思うよ」
「そう、よね……息子が原因不明の病気とか言われたんだもんね」
「原因を説明できないのが申し訳ないんだが……」
本人がわかっているのにも関わらず、その事情を一言も説明していないのだ。そんな状況で心配しかすることができないのは当たり前の話である。
「わ、わかってるわよ。それでも、そんなの説明できるわけないでしょ」
「まったくだ」
大天使がミスって俺に超能力とは言い難いモノを与えた影響で、他人の心を覗き込んでブッ倒れてましたなんて口が裂けても言えない。と、いうより、どうなってもあまり言いたい話題ではない。
月に一度、定期検診という名目で総合病院へ行っている。毎回異常なしで帰ってくるわけだが、何かあった時のための薬を何種類か渡されており、持ち歩いているのだ。まあ、たまに頭痛がして飲むこともあるが。
「それにしても、なんで今日はちょっと早めに学校行くの?」
「クラス発表って、掲示板に貼ってあるのを自分で見て確認するんだけどさ」
「ああ、玄関ホールにあるやつ?」
「そう、ごっちゃごちゃになるんだよ。人で溢れて」
「それで少し早めに出たのね」
「うん。なんか、もう生徒玄関溢れかえってるけど、大丈夫かな」
学校が見えてきたが、何やら学生服の集団で埋め尽くされている。そうならないために早めに家を出たはずだったのだが。無意味だったようだ。
「これはこれは。私の想像以上ね」
だろ? 去年は新入生だったから関係なかったんだけど、この光景は頭に残っててさ。今年はこれを回避しようと早めに準備したんだけど。結局こんな感じだったな。
「とりあえず、自分のクラスを探すのね」
そういうこと。
お決まりのように、ミリアの姿は誰にも見えていない。だが、ミリアは俺の心を読むことができるので、このような会話が成立しているのだ。
「あーまーきー君!」
「柊吾、おはよう」
「おはー。もう自分のクラス見つけた?」
「まだ。さっき来たところだからな。これから探すよ」
「んじゃ、俺も」
笹田柊吾。小学校からの知り合い。中学は3年間同じクラスで、高校に入学した去年も同じクラスだった。
「今年も同じだと俺達5年目になるのか」
「……嫌そうだな」
「そう見えた? だったらお前の見る目はないなー」
好奇心と安堵。そして少しの不安。
ポケットに突っ込んでいた右手の人差し指を柊吾に向けると、一瞬にしてその感情は俺の頭に映し出されていた。
「5年も同じクラスになれないかも、なんて思ってるんじゃないのか?」
「ビンゴ。相変わらず変なとこ勘いいよな」
「褒め言葉として聞いておく」
「褒めてるって」
横目で柊吾を見るものの、彼は俺の言動をまったく気にしてはいなかった。こんなにも勘がいい人間を、疑いもしていないのか。
一度だけ、柊吾に本当のことを話したことがあった。
“俺は他人の考えていることを読み取れる”と。
そう告げた時の彼は、ものすごく驚いていたし、困惑もしていた。俺は最初、その柊吾の感じている困惑が「何を言っているんだコイツは」と言いたげな、軽蔑の眼差しのようなものだと勘違いをしていた。
「ちゃんと探してんのかよ、天葵」
「え。何を……?」
「クラス替えの確認に来てるのに、何を探してるのかなんて野暮だな」
「あ、ああ……そうだった」
「お前が真顔で冗談なんて、考えられないからな。きっと本当のことなんだろうな」
柊吾は、そう言った。「わかった、信じるよ」と、最後に付け加えることも、した。
「お、見つけた」
「どこ?」
「3組の12番。ちなみに11番はー?」
「ん? 11番?」
柊吾の何か企むような顔は少し気になったが、どうせ自分の名前を探している最中でもある。3組の12番は笹田柊吾。そのひとつ前は……。九重。
「九重って、俺かよ」
「ピンポーン。じゃ、まあ、とにかく今年もよろしく」
「ん、こっちこそ」
柊吾は、安堵していたのだろうか。どちらにせよ、俺は一応知り合いが同じクラスだということで安堵していた。
「あら、天葵。危ないわよ」
「えっ?」
突然のミリアの声に思わず自分の口から声が漏れた。
そして直後に何かがぶつかる衝撃で振り返ると、そこには同じような衝撃に驚く女子生徒。
「ご、ごめんなさい!! 前、見てなくて……お怪我はありませんか?!」
「あ、ああ……大丈夫」
たかが女子生徒が軽くぶつかっただけで“お怪我”はしないのだが。どうやら自分が相当な勢いでぶつかってしまったと感じているようだった。
「そ、それならいいんですが……すみません、突然」
「いいよ。クラス探してたんだろ?」
「はい。あ、私藤間真希と言います。よろしくお願いします」
ご丁寧に腰まで折って自己紹介をした藤間という女子は初めて見る顔だった。セミショート、とか言うんだろうか。肩にかからないくらいの長さの黒髪は軽くウェーブがかかってまとまっていた。そして制服のブレザーではなく、少しサイズの大きめな黒のカーディガンを羽織っていた。
「あ、ああ。」
予想もしていなかった女子の近距離の自己紹介に、戸惑わないわけもなく、返答に困る俺の肩を叩きながら柊吾が顔を出した。
「あ、俺は笹田柊吾。で、こっちが天葵。」
「笹田君と、天葵君、ですね」
「お、おい柊吾……」
なぜ苗字ではないのかと口を開く間もなく柊吾は俺より一歩前へ歩みでた。
「あ、そういえばさっき自分のクラス探してる時に“藤間”って見たな」
「ほ、本当ですかっ?!」
「うん。えっとねぇ……俺後半クラスは見てないから、1~3のどこかだと思うよ」
「じゃあ、笹田君は3組なんですね?」
一言だけしか情報を与えられていないにも関わらず、藤間は状況判断が的確だった。
「そういうこと。ついでにコイツもね」
「むむむ。これは私も3組なら楽しいんですがね……」
「おっ、藤間さんノリいいね! じゃ、3組から探そうか」
「はいっ!」
藤間と柊吾は楽しげに、張り出された3組の名簿を順に探し始める。
「完全に置いてかれたわね」
「ほっといてくれ」と、一言ミリアに言い返すものの、自分でもそうであると感じてならなかった。だがまあ、藤間真希は悪い奴ではない。ただちょっと素直すぎるだけだろう。
「ありました!! 3組!!」
「マジで?!」
名簿を指差す藤間と、隣で驚きの声をあげる柊吾。まあ、柊吾の驚きは当たり前なものだと、俺も思う。現に、俺だって驚いている。どういう偶然だこれは。
「17番です!!」
「すげえ!! じゃ、今年からよろしくね」
「こちらこそ。……あれ? 今年から?」
「3年進級時はクラス替えないからさ」
2、3年生の2年間同じクラスということになる。まあ新学期早々悪い奴にあったわけではないのだから、悲観する話でもない。
「なるほど! 卒業までよろしくですね!!」
「うんうん。じゃ、そろそろ時間だし……行こっか」
隣の藤間に時間を促し、間を置いて俺を見る柊吾。周りを見れる男だ。無言で頷いてその後ろを歩く。2年の教室は2階なのだが、生徒玄関から近い階段よりも少し廊下を行った先の南階段を使う方が教室には近かったため、俺達は1階を歩いていた。HR開始のチャイムまでギリギリというわけでもなかったが、初日からギリギリに教室に入るというのもなかなか勇気のいることだ。その考えが柊吾にあるのかどうかはさておき、藤間という女子も交えての行動になっていたので少し早めに、という柊吾なりの気遣いがあったのかも……かもしれない。
階段を上がり、2年1組、2組を通り過ぎたところで、俺は机の並びが妙に気になった。クラス人数は40人。6列に並べられた机。
「なあ。俺ら出席番号11と12、だったよな?」
「そうだけど?」
「17ってことは……」
「??」
重なった偶然を心で驚きながら笑う俺の言葉に、顔を見合わせて柊吾と藤間は首を傾げていた。
「なるほど。出席番号の席順だと俺の前が天葵で、その隣が藤間さんになるってことか」
「こういう偶然もあるってことだな」
「怖い」など思ってもいない顔で柊吾が笑う。ただ、藤間だけは腕を組んで首を傾けたままに、俺を見ていた。
「あのぅ……」
「どうかした?」
「天葵君って、苗字じゃなかったんですか?」
当然の疑問である。笹田の前の席が天葵なわけがないのだ。
「ああ。このバカがお前に俺の苗字じゃなくて名前を教えてたんだ」
「だってさー、苗字みたいじゃない? 天葵ってさ」
「確かに。“天城”とかありますもんね」
言い訳にしか聞こえない柊吾の言葉になるほどなるほどと、藤間は簡単に納得してしまった。既に“天葵君”と認識されている俺としては今更“九重”という苗字を教える意味もないだろうと思っていたし、別に“天葵”と呼ばれようと“九重”と呼ばれようと、自分の名前には変わりはないわけで、わかればいいのだ。要は。
藤間の疑問が一度納得で区切りを迎えたところでチャイムが教室に響き、鳴り終わる頃には全員が席に着く。そして静かに担任が教室へとやって来た。
「はい静かにー!! 今年、このクラスを担当することになった平河だ。中には去年教科担任で見たことあるかもしれんが……担当科目は社会だ。とにかく、よろしくな。それじゃあ、出欠確認するぞー」
「平河先生か。悪くないね」
「ああ、俺も嫌いじゃない」
後ろの柊吾に賛成する。平河先生は去年世界史の教科担任だった。一方的な授業をする厳格な先生ではなく、どちらかといえば生徒と会話をしながらのんびり授業をする先生で、大半の生徒はこの先生に好意を持っていることだろう。
「黒川俊」
「はい」
考えているうちに、俺の前10人の名前を呼び終えていた平河先生は名簿に印をつけながら口を開く。
「九重……天葵、だったよな?」
「はい」
確認するような声と目線に、返事をする。教科の担当だっただけなのだが、覚えていたとは……。やはり人柄だろうか。
「よし、じゃ次。笹田柊吾」
「はーい」
「九重君、だったんですね」
「?」
何か悪いことをして反省しているかのように呟いた隣の藤間の声は、なかなかに印象深く、ちょっとだけ、気になった。机の下で左手に隠していた右手を少しずらして人差し指を左隣の女子生徒に向ける。
俺の目の前には一秒前と同じ教室の風景しか広がってはいない。それでも、息を吸い込んでいるように、自然と、彼女の心も広がっていた。
「気になって見てみたものの、素直でいい子、そして素直すぎて単純だったってことを確認しただけだったのね?」
昼休みになって5分。筆記用具を片付けて一息吐き出した俺に、クスクスと笑いながらミリアが声をかけた。
朝のHRの時に、興味本位で見てしまった藤間真希の真意と言えばこうだ。
「初対面なのに馴れ馴れしく名前を呼んでしまっていた。なんて失礼なことをしてしまったのだろうか」ということだ。
気にするか? 普通。
「健気ね。いい子じゃない」
誰も悪い奴だとは思ってない。ただ、天然なのかどうかちょっと疑問に思えるくらいに素直すぎるんだと思う。
「ま、楽しくやればいいのよ」
楽しく、ねぇ……。
「天葵、昼ご飯食べないの?」
ミリアの会話に気を取られて柊吾が購買から戻ってきていたのに気付かなかった。
「ん……そういうお前は何か買えたのか?」
「まーね」
カバンから弁当箱を取り出して後ろを振り返る。柊吾の机にはおにぎりが2つとペットボトルのお茶だけが置かれていた。
「天葵のお母さんはこんな初日にもちゃんとお弁当作ってくれるんだからいいよなぁ……」
「初日くらいはいいって言ったんだけどな」
それでなくとも無駄な心配をかけているのだからと、思って言ってはみるものの、母親の心配そうな表情に毎度負けてしまう。
「ま、その……心配してくれてるんだろ?」
「……だろうな」
この男、普段はバカみたいなノリをしているくせに、深刻な話が実は苦手で、こういうときは言葉を詰まらせたり、濁したりする。だが、あまり大きな声で言えない話題を持っている身としてはその気遣いをありがたく感じているのだった。
「でもさ、一応検査してんでしょ?」
「毎月な。でもまあ……」
「毎回異常なし。でも原因不明の難病かもしれないって?」
「そういうこと」
毎回のように無駄足だったなぁと思いながら病院疲れを経験している。
「原因ってさ、やっぱり……」
「それ以外にない。っていうか、俺は高校入ってから119番にはお世話にはなってない」
「119番に何度もお世話になってる高校生はお前くらいだ」
高校生になってから救急車に乗ってないことも事実だが、柊吾の言っていることもきっと事実だと感じてしまうので否定はできない。
「なあなあ、どうせ今日学校終わるの早いし……帰りにどっか寄ってかないか?」
「まあ、特に何もないけど」
「よっしゃ」
どこに行く気だ、コイツは。
「あ、あの……九重君」
「ん?」
何か用かと呼ばれた方を振り返ると、そこに立っていたのは藤間だった。
「なんだ、藤間か」
「え?」
「いや、お前は俺のこと“天葵”って呼んでたろ? それに俺のこと“九重”って呼ぶ奴少ないし」
「そ、そうだったんですか? じゃ、なくて……」
意外そうな顔を見せたが、一瞬にして藤間は表情を引き締めた。
「別に初対面がどうとか気にしてないぞ、俺は」
「ふえっ?!」
「なになに? どういうこと?」
藤間の驚いてひっくり返った声を聞き、柊吾も面白半分で話に首を突っ込んでくる。
「お前が俺の名前を藤間に教え間違ったおかげで、藤間がなぜか俺に謝ろうとしている」
「なんで?」
おにぎりを頬張ったまま、口をモゴモゴさせながら柊吾は疑問を口にした。
「って、待ってください!! なんで私が謝ろうとしたこと……!?」
「え? あー、それはその……勘?」
調子に乗りすぎた。
初対面で名前を呼ばれたことは気にしていないと伝えるだけのつもりが、気付けば藤間が謝罪しようとしていたことを知っていたとバラしていた。このことは本人の心の中にしまわれていたのだ。俺が知る由もないはずの事である。
まさか読心術であなたの心を読んでいたので知っているのです。など馬鹿なことをいうわけにもいかず、咄嗟に勘などと口走ったのだが……。いや、些か読心術も間違ってはないないか。
「あーなるほどなるほど。ねえ藤間さん、今日の放課後ってなんか予定ある?」
「い、いえ……特に何も」
「天葵のさ、読心術のタネ明かししてあげるよ。気になるでしょ?」
「はいっ!!」
相当気になっていたのか、藤間は好奇心満載の返答をしてみせた。
俺としては一番の読心術使いがこの笹田柊吾なのではないかと思わずにはいられなかったのだが。
放課後、3人で学校の帰り道にあるショッピングモールへ向かった。意外なことに、帰路が途中まで同じだった。俺と柊吾は中学が同じなので比較的家も近い。
そして、ショッピングモール内、フードコートの一席で柊吾が俺の許可なくベラベラと話し始めたのである。
「こ、心が見える……?」
常人の反応だ。
と、いうか……俺としてはこの能力のことを藤間に教えるつもりはなかったのだが。どうにか誤魔化してやり過ごそうとしていたのだが。
「そう、何を隠そうこの九重天葵には3年前、不運にも雷が落ちてね。その時に天葵は超能力に目覚めたんだ」
「おい、柊吾」
俺より数段お調子者の柊吾は楽しそうな饒舌多弁だった。
「じゃ、じゃあもしかして九重君は悪の組織と……」
そこに好奇心旺盛で目を輝かせた藤間が加わって手がつけられなくなりそうだった。
「死闘の毎日さ!!」
「そんなわけあるか」
「え。やっぱり違うんですか?」
俺の呆れた声に、藤間は苦笑いで応じてくれた。
「やっぱりって思うなら柊吾の悪ノリに付き合うなよ……」
「でも、どこからが悪ノリだったんです?」
「……雷の辺り」
藤間には悪いが、不運な雷の件は完全に柊吾の悪ノリでしかない。
「結構最初のほうじゃないですか!!」
「でも“超”能力はホントだよねー?」
柊吾は早く認めろと、口角を上げて俺を見ている。超能力と強調しているのもそのせいだろうか。個人的には全然超がつくまでの能力だと思っていないと、何度も口酸っぱく言っているはずなのだが。全く意味がなかったようだ。
「心が見える、という……?」
「そうそう。じゃ、試しにさ。はい藤間さん」
「メニュー表、ですか?」
柊吾が藤間に手渡したのは、フードコートの入口で配っていたメニューのチラシだった。何を俺にやらせようとしているのか、すぐに気付いた。まあ、こんなに簡単に俺の能力を証明できる方法もないだろうと、納得もできるのだが。
「まあ、これから何か買おうと思ってたんだけど。その前に天葵の力をさ、見てみたくない?」
「なるほど。私が食べたいものを決めればいいんですね?」
「そういうこと」
すぐに状況を理解した藤間は楽しげにメニューを眺めている。
「俺も何か買おうかな。天葵はどうする?」
「今考えてる」
そっぽを向いて言うものの、特に考えていることはない。これ以上面倒事は勘弁して欲しいという意思表示のつもりだったのだが、柊吾から帰ってきた返事はそんな俺を見透かしたものだった。
「天葵って嘘下手だよね」
「……下手って言うな」
「大丈夫だって。これ以上の面倒は持ちかけないからさ。きっと」
「……その言葉が現実になった例が俺は知りたいんだが?」
現実になったことはない。しかも今最後に“きっと”って付け加えただろ。
「あれ? そうだったっけ?」
惚ける顔をしているところを見ると、柊吾にも前例が思い浮かんでいないらしい。そろそろ勘弁して欲しいものだ。
俺が天葵に対して深く不満と共に息を吐き出していると、その直前の俺らの会話を聞かずにチラシを凝視していた藤間は軽く手を叩いた。
「決めました!」
「なんか、楽しそうだな」
「え、だって超能力ですよ? ワクワクです!!」
「じゃ、よろしく」
キラキラした藤間の瞳がとても眩しい。ここまでの好奇心は悪ノリ男の柊吾ですらしなかったというのに。ともかく、ここまで話が進んでしまっては、どうしようもない。元々の原因は俺にあるような柊吾にあるような……よくわからない。だがまあ、もう断れるとも思ってないし、柊吾の話を疑いもせず、メニューを選んだ藤間も相当な変わり者だと思い始めてもいた。
いや、ただ天然なだけなのか。
堂々と指を向けるわけにもいかないのは当たり前というか、いつものことで、テーブルの下で指を動かしているのだが……顔を合わせる気にだけはなれなかった。
「藤間、昼飯食ってないのか?」
目線はテーブルに落としたまま、俺は口を開くと、身を乗り出していた藤間も目を丸くして椅子に座り直した。
「え? いえ。食べましたよ?」
「……それでパフェなんて食えるのか?」
「甘いものは別ですからね!! って、パフェ?!」
得意げな顔が一変して声が大きくなる。
「イチゴのやつな」
「せ、正解ですっ!! ホントだ!! ホント!! ひゃあ……すごい!!」
「そ、そこまで喜ばなくても……」
立ち上がる勢いで喜ぶ藤間が、俺はただ不思議で仕方がない。何が、すごいのか……あまりよくわかってないからなのだろうか。性格的な、問題なのだろうか。
「さてと。タネ明かしも終わったところでなんか食べる?」
「藤間はパフェ食うらしいぞ」
「甘いものもいいね」
「あ、でもクレープも美味しそうですよねー……」
「確かに。目の前にクレープのディスプレイあると迷うなぁ……」
俺達が座ったフードコートの席の目の前には数多くのクレープのディスプレイが並んでいたし、そこらでクレープを食べている人もいるので、目を引いていたのも事実だった。
むしろ、俺は藤間がどういう思考回路でパフェにたどり着いたのかが気になるところだったのだが。
「天葵はどれにするの?」
柊吾と藤間がディスプレイを見ながらどれにしようかと迷っているのを見ていると、テーブルの上をコロコロと転がってミリアが声をかけてきた。
多すぎて迷う。
ディスプレイの数だけでいくなら、クレープ種類は約20。何が違うのかよくわからないし、迷ってはいたのだが、適当に普通なものを選ぼうと考えていた。
「あら、意外と優柔不断なのね」
うるさいな。現にこの2人だって決め兼ねてるじゃないか。
優柔不断というフレーズがどうにも悪口にしか聞こえなかった。
「でも、だいたいは決まってるみたいだけど」
だいたいって好みで絞り込んでるのか?
「まあ、藤間ちゃんはイチゴ好きそうね」
女子だからな。
「あら、天葵。それはきっと偏見よ?」
女子ってイチゴが好きな生き物だと思ってたんだが。
「じゃあ天葵はイチゴ嫌いなの?」
嫌いじゃないけど……。
逆にイチゴ嫌いな人は誰なのかと聞きたいところだ。
「でしょ?」
「でしょ、ってなぁ……」
納得できるような、できないわけではないのだが……。
「どうかしましたか?」
無意識のうちに、声が出てしまっていたようだ。不思議そうな藤間になんでもないと返す。
「で? 決めたの? 天葵はどれにするか」
「え? お前ら決めたの?」
「なんだよ、聞いてなかったのかよ」
「わ、悪い」
いつの間にそんな会話が行われていたのかと思ったものの、決まってないのは自分だけらしい。とりあえず定番そうなクレープにしておこうか。
「私はストロベリーパフェにします」
「俺フロート。メロンソーダのやつね」
「それって、クリームソーダですね」
「うん、それそれ」
藤間と柊吾がそれぞれの決定を口にするが俺としては違和感しか感じない。
「……って、クレープどこいった?!」
「あー……考えてたらやっぱり最初に食べたいって思ってたやつにしようかなと」
「あ、そう……」
「で、お前は何にすんの?」
「……じゃあクレープ」
今更クレープ以外の選択肢を考えようという気にもならなかった。
「じゃあってなんだ」
「クレープの雰囲気だった」
自分でも適当すぎる理由だったが、テーブルの上で転げ回って笑うミリアへの文句を考えるだけで精一杯だった。
クレープ屋の列に並ぼうと席を立つ。列と言ってもせいぜい5人程度で、待ち時間はあまりかからないように見えた。
「それにしても、こういうディスプレイってよくできてるよなぁ……」
「食欲がそそられっぱなしです」
ディスプレイの前を通りながら、藤間と柊吾は再度それに釘付けになっていた。
だが、俺としてはディスプレイよりも、気になる人を見つけた。
コートを着た女性。あの人確かさっきもいたよな?
「ええ。さっきも何か探してたと思う」
俺が尋ねると、肩に乗っていたミリアも同意する。席に座っていた時、フードコートの中で何かを探している様子のあの人と、さらには入口から出て行くあの人を俺は見た。
「どうかしたか?」
俺の様子が気になったのか、柊吾が声をかけてきた。その隣では藤間も俺の答えを待っていた。
「あの人、さっきもいたんだ」
「どの、人です?」
「何色の人?」
目線だけで指し示すのは少し難しかったようで、藤間も柊吾もその人を見つけられていなかったが、柊吾は俺が指を使って人を指し示さない事を理解してか、質問を変えてくれた。
「深緑のコートの女性」
「あ、んー……いたか?」
どの人なのか特定はできたようだが、柊吾には覚えがないようだった。
「そういえば、さっき見かけました。キョロキョロしていて、誰か探しているのかなって思ってたんです」
「あの人、俺らがフードコートに来てから戻って来るの、3回目だぞ」
「ええっ?! 数えてたんですか?!」
「最初は気にもしなかったけど、3回も戻ってきたら変に思うだろ……」
「確かに。それより、俺あの人どっかで見たことあるような……」
「どっか?」
「フードコートじゃなくて、別にどっかで」
そのどっかがどこなのか聞いているのだ。
「ちょっと気になりますね。3回も戻ってくるのはさすがに多いです。忘れ物ではないでしょうね」
「簡単に考えれば“人探し”だね」
「フードコートではぐれた……ってことですね」
「だろうな。で、他の場所も探して、時間が経ってはここに戻って来ているんだろうな」
時間が経って戻ってきたと自分の口で言ったものの、俺達がフードコートに滞在した時間はまだ20分くらいなものだ。そう考えれば短時間で戻ってきていることになる。
「でも、どうして携帯で連絡を取らないんでしょうか?」
「あー……これも推測の話だが……携帯を持ってないんじゃないか?」
「携帯を持ってない?」
今時そんな人いるのかと2人の顔が告げるが、人間全員が携帯を持っているわけがないだろう。
「小学生、低学年とか。あとは幼稚園児ってとこだな」
「なるほど」
「あっ!! 幼稚園児で思い出した!!」
「どなたでした?」
「近所の沢田さん」
「ご近所さんかよ」
俺も柊吾とは家が近いほうだが、全然知らない。
「そうそう、今朝会ったんだった。その時にあのコート着てたんだよ」
「なるほど。で、沢田さんに子供は?」
「息子がいるよ。確かまだ幼稚園児だ」
幼稚園児となれば携帯を持っていないという俺の考えの方向性は間違っていないだろうと確信する。
「幼稚園がまだ新学期始まってないか、もしくはもう帰って来てて、一緒に買い物に来てはぐれた……なんてパターンもあるな」
「一理あるね」
俺の考えを柊吾が肯定したところで、藤間は高々と手を挙げる。とは言っても、俺と柊吾の身長が175前後であるのに対し、藤間は160弱なので俺らが感じるほど高くはない。ただ、何事なのかと、驚きはするのだが。
「探してあげましょう!!」
「え」
俺と柊吾に、正直なところそんな考えはなかったのだ。
気にはなったが、そこまで。面倒事に巻き込まれるのも首を突っ込むつもりもなかった。
「沢田さんは笹田君のご近所さんですし、困っているのならば手を貸してあげましょうよ。どうせ私達、暇ですし」
最後の一言が今日一番の説得力を持っていると感じたのは俺だけだろうか。
「そうだね、クレープ屋は逃げないし」
「手伝うのはいいが、とりあえず、あの人が沢田さんなのか確認しないことには……」
藤間の一言で、これは逃げられないと思ってしまうのだから言葉の力は侮れない。
「あー、それは俺が確認してくるよ。ついでに、佑人のこともね」
「息子さん、佑人君っていうんですね?」
「そ。じゃ、ちょっと待ってて」
さらっと情報を与えて柊吾は駆け出した。
戻ってきた柊吾の一言目。
「天葵、ビンゴだったよ」
「ビンゴ言うな」
「で、こちらが沢田さん」
深緑色のコートを着た、さっきから遠くにいる姿しか見ていなかった女性を柊吾は紹介した。
「俺のクラスメートの藤間さんと、九重君です」
「沢田です」
沢田さんの挨拶に、俺と藤間も軽く会釈をした。
こういう時はちゃんと俺の紹介を九重にするのだから普段はやはり、確信犯なのだろう。
「息子さんとはぐれたのは、ここなんですか?」
「はい。あの近くの席に座ってアイスクリームを食べていて、途中私がトイレに行って戻ってきた時には席にいなくて……」
「そんなに遠くに行ける時間ではないですね」
藤間の考えには俺も同感だった。沢田さんが座っていたという席は出入り口に近く、そこから一番近いトイレもフードコート利用者が使いやすい場所にあるように思えた。行って帰ってくるだけならせいぜい5分くらいなものだろう。
「はい。そう思って辺りを探したんですがいなくて」
「えっと、はぐれてどれくらい時間経ってます?」
「えっと、30分くらい、です」
俺らがフードコートに着く10分くらい前のことらしく、それからずっと探しているのだろう。
「とにかく、俺らも探してみようぜ」
「ああ」
「ありがとう柊吾君。藤間さん、九重君もお願いします」
「はい」
また別の場所を探しに行く沢田さんと別れ、俺達3人も迷子探しを始めた。
「とは言ったものの、沢田さんがこのフロアは一通り探したんだよな」
「フロアが違うとか……?」
「そんなこと言ったら、ここはフロア数が少ない代わりにフロア面積が広いんだから……時間がかかるよ」
今俺達が来ているショッピングモールは4階建て。だが4階部分は全て駐車場になっており、探すとすれば1~3階。そして柊吾の言うように縦には小さくとも横に見れば大きいこの建物全てを探すにはかなり時間がかかる。
「そう、ですよね……」
「なんかない?」
柊吾が俺を見る。なんかとはなんだ。
「ともかく。フードコートの出入り口は2ヶ所。そして、西側の出入り口側に沢田さん親子は座っていた。ここまではいいな?」
俺だって名探偵というわけでも、テストの点がいい天才というわけでもない。ただの高校生だ。情報を整理しながら何か気づいたことを考えていくしかない。
「おう」
「はい」
「この西側出入り口付近で子供が行きそうな場所は……」
西側入口は俺達も座っていた場所からも近い。
「ゲームセンターと玩具売場ですね」
「だけど、そこは沢田さんが真っ先に探した場所だ。選択肢からは除外していいだろ?」
「そこ、なんだよな」
俺が感じた最初の疑問がここにあった。
「フードコートはこのショッピングモールのかなり西側にあって、その西側の出入り口から出たとなると、売場はさっき藤間が言った2ヶ所しかない。」
「なのに、そこにはいなかった?」
藤間も俺と同じ疑問に辿り着いたようで、首を傾げた。
「単純に考えれば、もう東側の出入り口から子供は出て行ったっていう選択肢しかない」
「わからなくもないけど、このフードコートだって結構な店の数がある。だから、面積的にも子供にとっちゃ大きすぎるくらいだ。わざわざ遠い東側の出入り口まで行くかな?」
確かに。柊吾の言っていることもわからなくない。
このフードコートはU字のようなL字のような形になっており、両端にある出入り口からフードコートの中全てを見渡せるわけではない。その中を、子供が1人で歩き回るだろうか。
「理由があれば、簡単なんですけどね」
「東側に行かなければならない、理由か」
それがあれば誰も考えたりはしない。それはその通りだ。
「って、俺らが考えたところで見つかる保証がどこにもないじゃんか」
「そうは言われてもな」
「そうですね」
高校生が考えると言ったって限度がある。やはり、時間をかけてでも探すべきだろうか。だが、広さから考えて3人で行動していては効率が悪い。それはわかっているのだが、その迷子の顔を柊吾しかわからないのだからバラバラに探すことができないのだ。
「なあ、天葵……」
「何だ?」
どうしたものかと考える俺に、柊吾は少し申し訳なさそうに口を開いていた。
「奢るからさ」
「は?」
「??」
突然の態度に、俺はわけがわからなくなる。それは藤間も同じようで、何故ここで奢るなどというキーワードが出てくるのか誰もわからなかった。
だが、柊吾が言葉を濁そうとしたところで俺は何を言われているか理解した。
「いや、ほら……」
「はぁ?! 馬鹿かお前は!!」
「え、え?」
「そこをなんとか、天葵。頼むって、ほら、この通り」
「お前はここに何人いると思って……!!」
短気なやつならここで一発手が出ているだろうか。俺もそうしたい気持ちがどこかにもしかしたらあるのかもしれないが、俺の言葉を遮るように柊吾は藤間に懇願をし始めた。
「藤間さんも一緒にお願いしてっ!!」
「さ、さっきから何をお願いしているんです?!」
「コイツが本気を出せば佑人がどこらへんにいるかわかるかもしれな……」
「お願いします九重君!!」
一瞬にして、藤間は柊吾の言葉を打ち切り俺に向き直る。
「早ぇ!!」
柊吾よりも凄まじい勢いだ。これは。
「う……」
「女の子に頼まれちゃ仕方ないわねー」
仕方ないで片付けなきゃならないのは俺だ!!
俺だってどうしていいかわからないのに、もう引き受ける気でいるのはミリアだ。ふわふわと浮いた天使の性別などよく知らないが、喋り方からすると“女性”なのだろうか。だからか、どこか口では勝てない。
「いいんじゃない? 悪い気はしないでしょ?」
それは、しないけど……。
「元はと言えば自分で話持ち出したんでしょー?」
それを言われると、俺はもうどうしようもないんだが。
「ほら、さっさと片付けて。迷子君を探すとしましょ」
「仕方ない、な……」
「よっし!!」
拳を握り締めた柊吾に、俺は少しだけ反撃をしようと最初から決めていた。
「次医者に怒られたらお前のせいにする。全部」
まあ、怒られたことなどないのだが。
「何で?!」
ミリア。
「いいわよ、いつでも」
肩に乗ったミリアが笑う。これをするのは久しぶりだ。
手違いで与えられた俺の力は、俺が他人を右手の人差し指で指し示さない限り、その心は俺にはわからない。だが、天使は元々、人間の心を知る力がある。だから俺とミリアの会話が成立しているのだが、俺には常時その力を発動することはできない。そんなことをしていれば俺だってめでたく天使の仲間入りをしていることだろう。まあ、簡単に多数の他人の心を常時受け入れるキャパも、それを処理する脳もないわけだから当然のことなのだが、条件を限定すればなんとかなるという話だ。
何を言っているかというと、範囲と時間を限定すればちょっとだけ天使になれるのだ。
まあ、ミリア(天使)の力を一時的に借りているというだけの話ではあるが、柊吾はその力で迷子の心を探せと言い出したわけだ。なんとも無茶苦茶な話で、それをきっと理解できていない藤間が女子力全開で俺に突っ込んできた。これを断る勇気は俺にはない。ましてこの肩に乗った女性に怒られて引き受けるのだろうから断ったところでムダになる。
まあ、悪い気は、しない……多分。
目を閉じると、このショッピングモールの中の他人の心が無差別に俺に流れ込む。
欲しい服のサイズがなああああい!!
これカッコイイけど、俺、似合わないかな……?
あの子、可愛い?! どこの制服だろ……。
野菜高い!! レタス高い!! キャベツ高……どっちもどっち!!
豚肉……ちょっと高いけど、豚汁にしようと思ってたのよねぇ……買っちゃうか。
パプリカ食べないけどピーマン食べるのよね、家の子。
期間限定ストロベリーパフェ!! その名も……ウルトラストロベリーデラックス!! ver.7!! 発売中だよ!!
「バージョンってなんだよ!!」
「はい?!」
「だ、大丈夫ですか九重君!?」
思わず声に出してしまった。まあ、よくあることだ。かなり心配されるのも、まあ、いつものことだ。
「悪い、なんでもない」
食器返却口ってどこだー?
タイムセールよ!! 戦争よ!! ブロッコリー詰め放題!? あんなの袋に入るわけないじゃない!!
ここのソフトクリーム有名なんだよね、確か。この前何かの雑誌で見たんだ。
フードコートって2階にもあるんだなぁ……。どこで食べるかな。
お母さん、戻ってこないなぁ……。
レストラン街はこの時間やっぱり空いてるよね。
今日発売予定の新刊が発売延期だと……?! 知らなかった……。
「あー……」
一通り見終わったところで声を吐き出した。
「どうだった? なあなあ?」
「うーん……」
「は、早く教えてくださいよー!!」
……なんか似てるな、この二人。
「お前、今失礼なこと考えてたろ」
「はぁ?!」
「な、なんですか失礼なことって!!」
「誰もそんなこと言ってねえだろ……」
似てることは失礼だろうか。
「言ってないってことは思ってたんですね?!」
「なんでそうなる……」
「じゃなくて。いいから早く教えろよ」
結論から言うと……。と口を開くと2人は直前の勢いを瞬時に静めた。
「まあ、いたことにはいた。たぶん行儀よく座って待ってるんだと思うぞ」
「……は?」
「柊吾、お前その佑人? の顔わかるんだよな?」
「わかるけど?」
「じゃあ、とりあえず迷子のお迎えに行くとするか」
話しているよりも、その迷子を探し出す方が先だろうと俺は歩き出した。
「え」
「場所までわかるなんてすごいですね!!」
「いや……どこらへんって話じゃ……」
確かに、範囲限定しているおかげで、完璧な場所までわかるわけではないのだが、なんとなく、予想がついていたのだ。
「まあ、移動しながら説明する」
「お、おう……」
意外そうな顔をしながらも、修吾も俺の後に続いた。
下りエスカレーターに乗ろうとしたところで柊吾が慌てて声を出した。
「ちょ、ちょっと待てって!!」
「ん?」
「なんでエスカレーターなんだよ。しかもこれ2階に降りるやつ……」
「2階に行くからに決まってんだろ」
「ええっ?!」
「藤間の考えは当たってたってことだな」
「ほ、本当ですか?!」
驚きながらエスカレーターに乗る藤間。確かに適当に言っただけの一言が実は正解だったというのだから、驚いても不思議ではない。それに、俺だってまさか3階にいないとは思ってなかったのだから、これを考えついたときは自分を疑った。
「まあ、行くぞ」
「おう……」
「そ、それで? どういうことなんです?」
「このショッピングモールには、フードコートとレストラン街がある」
「それは知ってるけど」
ショッピングモールに何度も来たことがあれば誰でも知っていることになる情報だと、柊吾が言いたげだった。
「でもレストラン街は確か2階ですよ」
「そ。じゃあ、フードコートとレストラン街の違いはなんだ?」
俺もこの推測をするまであまり考えたことはなかった。
「は?」
「セルフ、ってことですか?」
「セルフ?」
「ほら、フードコートって全部ファストフードみたいにトレイに商品を乗せてもらうじゃないですか」
「ああ、確かに。その点レストラン街にある店は店内飲食ってことになるのか」
「そういうこと」
「んで?」
納得したところで、柊吾が続きを促す。
「違いがあるにしろ、フードコートにもご飯ものの店はある」
店内飲食にこだわらなければ、飲食チェーン店が出店しない理由はない。現に丼タイプの飲食店が何件もフードコートにはあった。
「うんうん」
「ってことは、だ。両方共フードコートって認識して呼んでる人がいてもおかしくない」
「うん? 確かにそれはわかるけど」
「つまりどういうことなんです?」
「じゃあ、俺らが最初に感じた疑問に戻るとしよう」
「最初って、東側の出入り口のアレ?」
子供が東側の出入り口を使う理由があるかどうか、だ。
「それだ。あのフードコートでアイスクリームを売っている店は東と西のどっち側にあった?」
「え、アイス?」
「私達が座っていた東側にはクレープ屋さんもアイスクリームを販売していましたし……」
「っていうか、ファストフードの店なら基本的にコールドデザート販売してんだろ」
「ってことは、だ。西側に座っていた沢田さん親子も、商品を買った店は東側の可能性がある」
沢田さんにはどこに座っていたかは教えてもらったが、どこの店のアイスを買ったのかは聞いていない。今のところ、肯定も否定もする情報はないのでこのまま話を進めようと俺は考えていた。
「……うん」
「だからどうしたって顔すんな」
「だからわからん」
「ちょっと私にもまだよく……」
「……お前ら、フードコートで買ったもの食べた後、どうする?」
「どうする……?」
「ああ!! わかりました!!」
閃いた藤間が嬉しそうに手を上げてアピールをする。
「え、何? どういうこと?!」
「トレイを片付けるんです! 買ったお店のところに!!」
「そう。さっき言ったように、買った店が東側で、食べ終わったトレイを子供が片付けに行ったとすれば、東側に行く理由ができる」
俺の付け加えた一言で一応は納得したような顔をした柊吾だったが「だけどさぁ……」と、少し言葉につまりながらも反論を口にした。
「出入り口を使うってなれば話は別なんじゃないのか?」
「お前が言ったんだったよな?」
「なんて?」
「子供にはこのフードコートは“大きすぎる”って」
「あー、言ったかも」
「言ってましたよ」と、藤間も笑う。
「西側から東側まで歩いて行った子供に、同じ席まで戻る能力があると思うか?」
「う。ちょいキツイな」
構造的にも面積的にも、子供には難しいという意見で一致した。
「だとしても、それならフードコートの中で沢田さんが見つけられるはずじゃあ……?」
「ま、俺の話は全部推測だから本当のとこは知らんが……。子供は母親がどこにいるか知ってたわけだろ?」
「まあ……そうだな」
子供が東側に行く理由はなんとか説明できた。そして、そのまま西側の座っていたところまで戻れない可能性も示した。ついでに、そのまま東側に留まっていなかったことは現状から見れば明らかである。と、なると後は東側出入り口からフードコートの外へ行ってしまったという可能性を否定はできなくなったことになる。
「帰り道がわからないなら、迎えに行けばいいわけだ」
「トイレに行ったってことですか?」
「それなら出入り口を使う理由になるだろ?」
「まあな」
「で、問題は西側出入り口に表示されたトイレと、東側出入り口に表示されたトイレの場所が違うって話だ」
まあ、大型ショッピングモールなのだからあちこちにトイレがあるのだからこういうことが起きても不思議ではない。
「へ?」
「ど、どういう……?!」
「まあ、距離的な話だろうけど。こうして子供は案内表示によって別のトイレに向かって行ってしまったわけだ」
「なんか、不運だな」
柊吾の一言に尽きるのは俺も藤間も同じだった。
「きっと、子供がトイレに着いた頃、沢田さんもフードコートに戻ってきた。で、フードコートの中を探すが、子供はいない。で、時間的に遠くへは行っていないだろうと思って西側売場を探す」
「でもその頃佑人は東側売場のトイレか」
「さすがの子供もおかしいと思うだろ? そんでまあ次、どうするかって話で」
「間違ったかなと思うでしょうか?」
藤間の疑問に、俺はそう思ったことを告げて話を進める。
「と、なれば元の場所に戻ろうとする」
「でもよ、戻ってたら今こうやって探してないだろ?」
「きっと、戻れなかったんだろうな」
「戻れなかった? トイレには行けたのに、ですか?」
藤間の疑問に、俺はちょうど通り過ぎようとしていた柱を見上げながら立ち止まる。後ろの2人もそこに何かがあるのかと、俺と同じように柱を見上げた。
トイレとエレベーターの簡易的な案内表示。
「トイレの案内表示って、あちらこちらにあるけど、フードコートはここですよっていう案内ないだろ?」
「ああ、確かに」
「もしかして、ですけど……」
「ん?」
藤間は何か考えがまとまったようで、俺に聞いてくれと言いたげに正面に立った。
「ここで、困っている佑人君に声をかけた人がフードコートを2階のレストラン街だと勘違いしていた、となると……佑人君は2階に行ってしまうかも?」
「俺もそう思った」
藤間は、俺の一言に、クイズに正解して喜ぶかのように飛び跳ねた。一方の柊吾と言えば全く感心も納得もしていないようであった。
「んなわけあるか?!」
「そんなの俺が知るか!!」
そもそも、俺は推測の話しかしていないのだからそんなわけないだろうと言われようと知ったことではないのだ。
「でも、九重君はどうしてそうなったかもって思ったんです?」
藤間は俺がどうやって2階という答えを導き出したのか興味があるようだった。
「……アイスクリーム」
「アイス?」
「お前らさ、アイスクリームとソフトクリーム、どこで見分ける?」
再び歩き始めながら俺は、またもあまり重要とは到底思えない疑問を投げかけた。
「巻いてるかどうか、とかそういうこと?」
「確かに。普通にコンビニとかで売ってるものもアイスですけど、ソフトクリームって呼ぶのはグルグルってなってるやつですからね」
「あとはほら、スクープで掬って丸くなってるのはアイス、とか」
色々と答えが返ってきたところで答えを言ってみる。
「なんか、成分の違いだとかもあるらしいけど、単に温度が違うとかそういうのだけらしいぞ」
「何ソレ」
「温度が違うって、厳密には同じってことですか?」
「いや、だから……えっと、乳固形分? だとかなんかあるけど、まあ、藤間の言う通りらしい」
成分が違うけど結局のところは同じもの……みたいにネットに書いていたハズだ。詳しく見たわけではないので俺としても断言はできないのだが。
「へえー。で? その豆知識がなんだって?」
「アイスクリームをソフトクリームって勘違いしても間違いじゃないって話」
「お前の今日の話さ、勘違い人間ばっかり出てくるんだけど」
「うるさいな……」
推測の話をしているだけだと何度も言ってるだろ、と釘を刺す。柊吾は肩を竦めてわかってると笑った。
「そのレストラン街にあるんですか? ソフトクリーム屋さん」
「……そういうことだ。そこそこ有名らしいぞ」
「あ! あれじゃないですか?」
どうやら2階のレストラン街に到着したようで、話題のソフトクリーム屋は出入り口目の前に店を構えていた。平日の午後だというのに店先には10人程の列ができていた。
「店の奥に飲食スペースがありそうですね」
「いるとしたらそっちか。俺見てくるからさ、ちょっと待っててよ」
「わかりました」
「じゃあ、頼んだ」
柊吾が小走りに店の奥へと行く。俺と藤間は出入り口から少し離れて柊吾の戻りを待つことにした。
「ふぁ……疲れた」
大きく伸びをした俺の後ろで小さく吹き出した声がする。
「?」
「あ、ごめんなさい。でも面白くって」
「そんなに面白いか?」
「はいっ!!」
満面の笑みで返事をされては反応のしようがない。
どうしたものかと考えていると、柊吾が小走りに戻ってくる。その隣には小さな少年も一緒だった。
「佑人発見したぞー」
「わあ、可愛い!! 佑人君、初めまして。私藤間真希です。よろしくねー」
藤間は少年のことをすっかり気に入ったようで、屈んで目線の高さを合わせ、挨拶をすると、少年も警戒心なさそうに口を開いた。
「えっと、真希お姉ちゃんと……」
「こっちはね……九重君こっちこっち!」
藤間は少年の目線に気付いたのか、俺を見て手招きをする。俺に屈んで自己紹介をしろというのだろうか。しかし、俺を見ていた少年の目は、一瞬にして煌めいた。
「超能力のお兄ちゃんだ!!」
「なっ?!」
「ぶはっ!!」
俺の困惑する声と、吹き出した柊吾の声が重なる。
「ねえねえ宇宙人なの?!」
「そんなわけあるか!!」
「そうだよ、あのお兄ちゃんはね……」
子供相手に声を荒げるなんてと、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。そして、更なる悪知恵を与えようとしている友人に、いよいよ我慢しなくていいのではないかとも思い始めていた。
「柊吾ぉっ!!」
「あはははははっ!!」
物珍しい瞳で俺を見る幼稚園児。どう見ても知恵を授けたのは柊吾で、一喝してみるものの、笑い転げたアイツに効くわけもない。そして超能力者、宇宙人という称号を手に入れた俺の一部始終を見ていた藤間の笑い声に、深く息を漏らすことしかできなかった。
少年、佑人を連れて3階へ戻ったところで沢田さんと合流できた。沢田さんは俺達に深く感謝を告げ、自分が迷子になったとも思っていない少年はと言えば、最後まで俺を宇宙人だと勘違いする始末。もうなんでも良くなった俺はそれを否定することなく、少年に再会の約束までさせられてしまったのだった。
「お前ら、いい加減にしろよ」
「は、反省します」
「ご、ごめんなさい」
沢田さん親子とのやりとり、主に息子との、だが……終始この2人は笑っていた。いよいよ腹立たしく感じた俺の一言で、2人は笑うのをやめた。
「ったく。柊吾、奢れよ」
「いいけど、何を?」
そもそも、フードコートで何を食べるのかすら決めていなかった俺だったが、一つだけ候補があった。
「藤間、パフェ食いに行くぞ」
「は、はい?!」
「覚悟しろよ、柊吾」
「ええええ?! 何個パフェ食う気だよ!?」
驚く2人を引き連れて歩き出す。柊吾は財布の中身を確認し始めた。
「パフェってどんなパフェ食べるんです?」
藤間はどうやら俺の悪ノリに乗ると決めたようで、歩調を合わせて俺の隣に並んだ。
「ちょ、藤間さん?!」
「期間限定のウルトラストロベリーデラックスver.7だ」
「おおお……!! なんだかすごそうですね!!」
藤間の目が佑人に負けないほどの光を帯びた。俺としても、さっきから気にはなっていたのだ。タイミングがいい。
「そんなのどこにあるんだよ!!」
「あの店」
「って、最初のクレープ屋じゃないか!!」
喋りながら歩いて、フードコートに戻ってきた。そして、最初のディスプレイが並ぶクレープ屋の最後尾に並ぶ。相変わらずこの店は数人が並んでいるだけで、待ち時間はあっても数分だろう。
「さてと、藤間。1つくらい食べれるよな?」
「あら? 九重君は女子の別腹を舐めてますね? こんなの3時のおやつにすらなりませんよ」
「藤間さんその悪ノリやめてえええ!!」
柊吾の叫ぶ声を無視して俺と藤間は軽やかに進む。注文カウンターに立っていた店員が営業スマイルで挨拶をしながらデラックスパフェを勧めてきた。余程売れ行きが悪いのかそれとも売れているのか全然わからなかったが、それ以上に俺と藤間は直前の悪ノリがどうにも可笑しくなってきて、少し吹き出しながら答えた。
『それ3つ!!』
その後、目を引く大きなパフェを並べ、予想外すぎる出費に泣きながら自棄食いをする柊吾を笑いながら通常の2倍超の大きさのパフェを食べた。藤間に悪ノリを吹っかけておきながら、8割食べたあたりで母親に晩飯はいらないとメールを送った。一方、悪ノリを吹っかけられた藤間は有言実行と言うか、これまた美味しそうに一口、また一口と食べ進め、気付けば食べ終わっている始末であった。
日が落ちて、肌寒くなった頃、俺達は帰り道に戻っていた。
「そういえば……藤間さんって、呼びにくくないの?」
「何が、ですか?」
「“九重君”って呼び方」
「そんなことないですけど」
「去年は九重が呼びにくいって理由で大半の奴が諦めてたな、そういえば」
「まあ、本人が嫌じゃなければいいんじゃない?」
「別にいいんじゃないか?」
まあ、俺としてはわかればいいのだ。それに九重も天葵もあまり多いわけではないだろうし、その言葉が出れば大体は自分のことだろうと思って返事をしていれば事足りたのだ。
「ってことで、藤間さんも天葵って呼べば?」
「いいんですか?」
「確認取ることでもないと思うけど……」
現に、俺のことを九重と呼ぶ奴の方が少ないのだ。今更許可が必要となる話ではない。
「ついでに俺も柊吾でいいよー」
「えー、じゃあ私も真希って呼んでくださいよ」
藤間は柊吾と同じような要求を口にした。
「いいのか、それ」
「確認取ることじゃないです。まして、本人が許可済みですから」
「あ、そう……」
俺が先程言ったように返されては他に言い様がない。
「じゃ、私は帰り道こっちなので。また明日ですね、柊吾君、天葵君」
交差点の信号を渡って右に曲がる俺達と、信号を渡らない藤間とはここで別れる。そして信号は赤。藤間は先に手を振って一歩踏み出した。
「また明日ね」
「また明日な、真希」
手を振る柊吾の隣で、俺はなんとなく名前を口にしてみた。女子の名前を呼ぶことに抵抗があったわけではないのだが、どこか不思議な感じがした。
「はいっ!!」
嬉しそうに返事をした、駆けていく真希を見送って信号を渡り柊吾と歩き出す。
「お前さぁー」
「ん?」
「そんな力持ってるくせに、どうしてそんなに鈍感なわけ?」
「??」
突然何の話なのか、全然わからない。柊吾と話しているときは、大抵その時の話題が明確になっているはずなのだが……。こういうことは珍しい。
「あー、ダメだねぇ……」
「何が」
「別に。知らない方がいいこともあるんじゃない? 俺はお前が知らない方が楽しいし面白いからいいけどね」
「それ、俺で遊んでるってことか?」
「お前ら、だよ」
「……ら?」
誰のことだと聞くよりも早く、柊吾は話題を変えた。
「それにしてもパフェ美味しかったな」
「あ、ああ?」
「次はもっと甘くなった時期に食べに行くとするか」
「イチゴって時期いつだ?」
今日のイチゴも甘くて美味しかったと感じていた俺としては、これ以上の時期がいつなのだろうかと疑問を口にしただけだった。
「さあね」
「?」
クスクスと笑いながら柊吾は俺の隣で別れるまで笑い続けた。
遠くに見えている春の夕陽はもう半分ほど沈んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
あまり主人公気質がない高校生になってしまったかもしれないです。
超能力を、手違いだろうと得てしまったのに、普段からは使わないというこだわりのなさ。
でも、頼まれたら断れない。身の危険が迫ったときは使うと思います。っていうか、使って欲しいですね。
最後まで読んでいただいた皆様に感謝を。