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ホトトギス  作者: ハルカ
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後編

彼が異国に旅立ってから、早くも1ヶ月が経過した。私はまだ、答えがわからない。もんもんと悩みつつ、毎日を過ごす。

彼からはあれきりメールも電話もない。もしかして、あれはやっぱり別れの言葉だったんだろうか。

部屋でぼんやりとしながら、彼を思う。そういえば、彼の部屋に私の私物、置きっぱなしだ…かといって、荷物を取りに行くのも気が重い。彼はいないとわかっていても、あの部屋に行ったら、また彼への気持ちを押さえられなくなりそうだ。

無理矢理とは言え、5年も付き合ったのだ。思い出はたくさんある。

でも、5年も付き合ってたのに、彼は一度も私の部屋には来なかった。アパートまで送ってもらったことはあったけど、私が誘っても頑として部屋には入らなかった。玄関にさえも。

最初はただ律儀に遠慮しているだけだと思ってた。でもさすがにそれが何度もあると、諦めもつく。

私の部屋に来たがらないのって、なんで?って聞いたけど。煮え切らない答えばかり。私は付き合ったら相手のことが知りたいし、相手の部屋だって見てみたいし、お互いの部屋を行き来したい。彼は私の部屋とか興味ないのかな…私をもっと知りたいって思わないのかな。

これが私が一方的に思っているんだ、と考える根拠でもあった。





結局、自分の私物を取りに行くのに また2ヶ月がたった。彼の部屋に行って、荷物を紙袋ふたつ程に まとめて。きれいに整頓されて、落ち着いたインテリアの部屋をぐるっと見渡して、私は合鍵を玄関ドアのレターポケットに入れて、帰った。



その日の夜、彼にメールを送った。『さようなら』の5文字だけのメール。最後までホトトギスの意味は分からなかったけど。

でも、別れ際にサッパリ別れて しこりを残さないようにしよう。そう思った。立つ鳥跡を濁さずと言うし。

案外、これが正解だったりして。



送信ボタンを押すときは、手が震えた。こんな簡単に終わるんだなって。楽しかったこと。悲しかったこと。色んな思い出が頭をよぎったけど、それを振り切るように、ボタンを押した。


そして手早く着信拒否をして、アドレスを消す。




これで よかったんだ。そう思い込みながら、ちっとも眠くないのにベッドにダイブした。その日はやっぱり、眠れなかった。












あれから季節も過ぎ去って、もう1年が経とうとしている。私は彼を忘れるために、今まで以上に仕事に精を出した。忙しくしていれば、余計なことを考えなくてすむから。そして、引っ越しもした。別にこのアパートに彼との思い出なんてないんだけど。色々と吹っ切る意味を込めて。

彼は無事に主張先の会社で大成功をおさめて、明日帰国するらしい。もう関わりがないのに なぜ知っているのかというと。大学時代に彼と知り合うきっかけになった、私をサークルに誘った友人が なんと彼と同じ会社にいるのだ。

彼女は私が聞きもしないのに、彼の近況を教えてくる。

はいはい と適当にいなしているけど、まだ私たちが別れたことを彼女には伝えていない。彼女が知ったら、根掘り葉掘り聞かれることは目に見えている。


でも、彼が明日帰国するとなると 彼女が彼に余計なことを言いそうだ。もう彼とは無関係なのに。

正直、心は彼にまだ囚われていたけれど。彼はもう、私とのことは過去のことにして、きっと前を向いていることだろう。彼はそういう人だもの。






早いうちに打ち明けていればよかったかな。と頭が痛くなる。幸い、明日は休日だから、彼女に どうやって打ち明けるか、アパートに引き込もって作戦を立てよう。



そんなことを考えながら、暗い夜道を歩いて帰っていると。


自分の住むアパートの、ちょうど自分の部屋の前に、人が立っているのが見えた。

何だろう、何でこんな時間に人がいるの?私に何か用事でも…?

そういえば、一昨日不審者出没注意のチラシをもらったっけ。


ヤバい、怖いよ…でも、うちに帰らなきゃだし…


どうしよう。とそこで突っ立ったままぐるぐる考えていると、


「日奈子さん!」


と、私に気づいたらしい不審者?が私の名前を呼んで、こちらに向かってくるのが見える。




…あれ、さっきの声って、まさか!


嘘でしょう、そんな、まさか、と ひとり 挙動不審になっていると、走ってきたらしい彼が、息を乱しながら私の前に立った。














「斎さん…」





そう。アパートの私の部屋の前にいたのは、彼だったのだ。1年ぶりに見た彼は、相変わらずかっこいい。でも少し、いや だいぶやつれているように見える。異国の生活が彼には合わなかったのかな。


でも、彼を見て、私は確信した。


やっぱり まだ彼が好き。


ずっと気持ちに蓋をしていたけど、彼の姿を目にしたとたん、気持ちに栓をしていた蓋が吹っ飛んでしまった。突然現れた彼に、うるさいくらいに バクバク鳴っている心臓の音が聞こえやしないかと、はらはらする。


恥ずかしさと高鳴る胸を両手で押さえた私を、彼は穴が開くくらいにじっと見つめてきた。すごく居心地が悪くなった私は、視線をさ迷わせながら、何か 話さなくては…と、言葉を探した。


「あ、えっと…」


あっちはどうだった? 明日帰国じゃなかったの? なんで私のアパート知ってるの? メール見たんでしょ? ホトトギス、意味分からなかったよ?











…私のこと、どう思ってるの?




聞きたいことが たくさんあって、何を聞けばいいのかわからない。そもそも、斎さんに会うと思わなかったから、驚いて頭が働いてくれない。


何も言わない私を見て、彼は ふう、とひとつ息を吐いた。



「日奈子さんのご友人から、貴方の現在の住所を聞きました。」


やっぱり。もしかして、とは思っていたけど。彼女は今度会ったら とっちめてやらなきゃ。




うむむ、と険しい顔をした私。それよりも、更に険しい顔をした彼が、低く唸るように口を開いた。



「わかりますか、日奈子さん。5年も一緒にいた最愛の人から、メール1つで別れを告げられた男の気持ちが」



「え?」


私の聞き間違いだろうか。なんだか今、とってもあり得ない言葉を聞いた気がする。混乱する私を置いてきぼりにして、彼は話を続ける。


「プロポーズの返事に別れを突きつけられて。連絡を取ろうとしても拒否されて。なんとか仕事を早めに切り上げて やっと相手のアパートに行ってみれば、そこは もぬけの殻になっていて。」





えっと、すごく私に都合の良い幻聴を聞いているような気がする。悲痛な表情を浮かべる彼とは対照的に、私はぽかんと呆けていた。その私の両手を、彼は自らの両手で優しく握った。



「ふられたのはわかっています。でも、どうしても諦めきれないんです。俺が重かったのなら、もっと日奈子さんの負担にならないように配慮します。だから、どうか側にいてくれませんか」


夢を見ているよう。こんな、こんな嬉しいことを言ってもらえるなんて。




でも、すがるような彼の瞳と、微かに震える重なった手が、嘘じゃない。これは現実だと教えてくれている。






「でも、私が一方的に斎さんを好きだったんじゃ…?」


恐る恐る、私が呟くと。


「何を言うんですか!俺が貴方から告白されて、どれほど嬉しかったと思ってるんですか。俺はこれまでも、一方通行ではなく、貴方を大切に思ってきました。それに、何度も好きと伝えていたはずです。日奈子さんには、俺の気持ちは届いていなかったんですか!?」


いつも優しく理性的な彼にはなく、私を責めるような激しい口調に、思わずたじろいでしまう。


「で、でも、いつも私の部屋には絶対入りたがらないし…私にはあんまり興味ないのかなって。それに1年前、デートの度に変な空気になることがあったから…その、別れ話を切り出したいのかと思って…」


弱々しくも私が言い返すと、彼は自分の大きな手で顔をおおって、黙りこんでしまった。


「斎さん…?」


「笑わないで、聞いてもらえますか?」


顔を隠したまま、彼はそう聞いてきた。訳もわからず、はい。と言うと、


「日奈子さんの部屋に入らないのは、俺にとっては、けじめ だったんです」


はい?けじめ?きょとんとする私を横目に、ああもう、と彼は髪をくしゃりと かき上げた。


「日奈子さんの部屋に入ったら、居心地が良すぎて もう自分の部屋には帰れなくなりそうで…格好悪いじゃないですか、彼女の部屋に転がり込む男なんて」



それって、私の部屋に入ったら、一緒に暮らしたくなっちゃうからって こと?私、心臓のバクバクがもっと もっと大きくなってきてる。


「変な空気になったのは…俺が、貴方にプロポーズをしたくて…でも、できなかったからだと思います」


プロポーズ。この言葉を聞いて。私は腰が抜けて、へたりと座り込んでしまった。


「日奈子さん…!?」


彼の慌てる声が聞こえたけど、私は構わず座り込んだまま、彼のネクタイを掴んで、ぐいっと私の方に引き寄せる。







「今日、私の部屋に泊まっていってください」


にまっ、と笑う。変な笑顔になっているだろうな、私。だって、涙が溢れて止まらないんだもん。


「日奈子、さん…」


呟いた彼の声が少し、震えていて。なんだかそれを聞いたら、崩れていた笑顔が、もっと崩れてしまった。


「格好悪くなんて、ないです。…一緒に暮らしていけば、いいじゃないですか、これから ずっと。一緒にいれるなら、私の部屋でも斎さんの部屋でも いいです。…だって、私たち 結婚するんですから」





泣きながら、やっと言った言葉は、斎さんの唇に吸い込まれていった。






初めて、斎さんが私の部屋に入ったのは、私がプロポーズを受け入れた日だった。





その次の日。自分のアパートを引き払った斎さんが、私の部屋に住み込み、私から片時も離れなくなった。幸せだからいいけど、1日で引っ越し手続きと、引っ越し作業ってできるのかな?もしかして、ここに引っ越してくるのは計算ずみだったの?とか、斎さんの笑顔を見ながら、ちょっと もやっとしたのは、ここだけの秘密。





























ふたりでイチャイチャしたあと、ベッドでくつろぎながら、私は斎さんに文句を言った。



「ホトトギスの意味、わからなかったんだけど…」


「え!?そうだったんですか?」


「結局、なんだったの?意味」


「まさか、通じていなかったなんて…日奈子さんが、夏目漱石の訳詞がロマンチックで素敵って言うから、ロマンチックを追求して、たどり着いたプロポーズだったんですよ?」


「夏目漱石の、覚えてたの…?」


「勿論です。俺と日奈子さんの大切な思い出ですから」


「…あ、ありがとう。すっかり忘れてると思ってた」


「日奈子さん、貴方はもう少し俺の愛を思い知りなさい」


「…なんだか、キャラ変わってない?斎さん」


「色々と吹っ切れましたから。へたれていては いけない、と身をもって体験しましたからね。もうあんな肝が冷える思いはしたくありません」


「もう、逃げないよ?斎さん」


「………(斎、日奈子をじろーっと見る)」


「あっ、ホトトギス!!あれの意味、教えて?ね!」


「……仕方ないですね。日奈子さん、ホトトギスをなんだと思ったんですか?」


「え、うるさくて自分で子育てしない鳥」


「……(斎、日奈子を悲しげに見る)」


「わーごめんなさい。だってそれしかわからなくて…」


「日奈子さん、ホトトギスは鳥だけじゃありませんよ。」


「え?」


「花にもあるんです。ホトトギス。その花言葉が、貴方への俺の気持ちなんです。日奈子さんは花言葉に詳しいようなので、わかってもらえるかと思っていました」


「えっと…チューリップとかバラとか、メジャーなものの花言葉しか知らないの。ホトトギスって花があるのも 知らなかった…どんな意味なの?」


「日奈子さん、ちょっとこっちに耳を貸してください」


「えっ、はい」


言われるまま、私は斎さんに耳を差し出す。








耳の ごく近くで囁くように言われたその言葉に、私は耳まで真っ赤になってしまった。
























ホトトギス。その花言葉は、永遠にあなたのもの。





敬語攻めって、いいですね。ある方の小説を読んで、めちゃくちゃ ときめいたので書いちゃいました。

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