恋人役が欲しくて奴隷を買ったら、本当に恋人になってしまった。
「シド、そんなに見られたら穴が開くと思うの…」
黒髪で赤目で端正な顔立ちの、背の高い、おまけにガタイまでいい私の好みの男であるシドが、さっきからずっと私を見ている。
瞬きすらしてないんじゃないかという勢いで、視線を逸らそうとしない。
なんで、こんなことになったんだっけ…。
いや、私が招いたことだわ。
「キャンディスのことは、いつまでも見ていたいからな」
「うっ。顔がいいのに、言うことまでかっこいいのはやめて…」
「膝の上に乗せさせてくれないのだから、見つめるくらい許してほしい」
「私がその目で見られると弱いとわかってやっているのが、ずるい」
「キャンディスが俺を意識してくれるなら、なんでもする」
はああ、かっこいいからほんとにやめて!
私が自分好みの奴隷を買ってきたばかりに、その奴隷に口説かれているこの状況はいかに…──。
そもそもの発端は、恋人役が欲しかっただけなのだ。
昔から隣の領地の子息であるエイドリアン様のわがままに付き合わされてきた。
日々ブスだと罵られ、気に食わないと髪を引っ張られ、大切にしていた本を破り捨てられたこともある。
家格が上で逆らえなかったし、領地も隣だから、うちの領民に危害が及んだら困ると泣く泣く従ってきた。
どこに行っても偉そうなエイドリアン様の腰巾着だと思われていたので、恋人どころか、友達すらできない人生を歩んできたのだけれど…。
そのエイドリアン様から縁談の申し込みが来たときに、人生の終わりを感じた。
本気で嫌だった。
こればかりは、言うことを聞けないっ!
そこで父様が言ったのだ、「我が国は自由恋愛を良しとしているから、恋人くらいいたら断れるのにね」と。
切羽詰まっていた私が思いついた苦肉の策が、奴隷を買って恋人役になってもらうことだった。
そして、シドを手に入れた日に頼んだのだ。
「私のことは名前で呼んで、それから恋人のように扱って!」と。
おかげで、エイドリアン様は追い返すことができた。
シドを我が家に連れて帰ってきてから、ひと月。
まさか、シドの方から本当の恋人になると言ってくるとは思わないじゃない!
「キャンディス、俺のことが嫌いか?」
「…この赤い顔を見ても、そう言えるの?」
「キャンディスの口から言ってほしい」
「うぐっ…!シドは見た目で選んできたようなものだもの、そもそも好みよ」
「うれしい」
シドは近づいてきたかと思うと、首にキスをしてきた。
「シド!」
「キャンディスは、隙だらけだ」
そう言って、無表情なままの目が少しだけ柔らかくなる。
シドはことあるごとに首にキスをしたがる。
奴隷用のチョーカーをしているシドからの主張に思えてならない。
だから、余計に顔も赤くなる。
「ね、ねえ、シド。やっぱりそのチョーカー取らない?」
「これは、俺がキャンディスのものだという証明だ」
「それがなくても追い出したりしないわよ?」
「これがないと、キャンディスのものではなくなってしまう」
シドは目を伏せながら、私の両手を取った。
そのまま自分の頬へと寄せて、猫のように擦り付いた。
まるで、自分の居場所を確かめるようだった。
「そんなの嫌だ」
赤い瞳がこちらを向いたかと思うと、炎のようにギラリとしていた。
元は戦闘奴隷だったというシド。
私の方が、まるで捕食対象者のようだ。
この目から、逃げられないとどこかで気づいている。
でも、まだ自信はない…。
「俺はキャンディスのものだ」
「あの〜、どうしてエイドリアン様が我が家に来ているんですか…」
「お前との婚約を進めるためだが!?」
「その話はとっくにお断りしたじゃないですか」
どういうわけか珍しく先触れを出してからやってきたエイドリアン様と、応接間で対峙している。
父様には会わなくていいと言われたけど、いい加減決着をつけなくちゃね…。
「承諾していない!」
「私にはこうして恋人もいますし、何度言われてもお断りです」
ソファーに一緒に座るシドは、私の腰を抱いて、すごい怖い顔で牽制している。
シドはめちゃくちゃ睨んでいるし、エイドリアン様はめちゃくちゃ腰が引けているわ…。
「次来たら、顔面に拳をお見舞いすると言った。殴っていいんだよな?」
すでに右手で拳を構えているシドを見て、エイドリアン様はぶるっと震えた。
プライドの高いエイドリアン様が真っ向勝負で来るとは意外だったわね。
「まだ待って、シド」
「………わかった」
「ふ、ふん!そやつは恋人ではなく、奴隷ではないか!」
「確かにシドは奴隷でしたが、今は恋人です」
「その奴隷チョーカーをしているのにか?お前に下僕を楽しむ気持ちの悪い趣味があるとは知らなかったな!」
「なっ」
そんな言い方って…!
でも、言い返せない。
シドは本物の恋人じゃないから。
シドの殺気が増して、目の前のエイドリアン様は顔を青くしながら私を指差した。
「そもそもっ、お前は私のものだった!これまでだって、私が周囲の人間を排除してきたのに、今更恋人だと!?ふざけるなっ!」
「な、なんですかそれ…」
「お前はいつものように言うことを聞いていればよかったんだっ!」
「…私の周りから、わざと人を避けさせていたのですか?」
「そうしたら、お前は私といるしかないからな!名案だろ!」
踏ん反り返っているエイドリアン様に、怒りもため息も出ない。
「貴様、言いたいことはそれだけか…?」
見上げると、シドが侮蔑の目でエイドリアン様を睨みつけていた。
「奴隷は黙っていろ!その女は、私のものなんだよ!」
…ああ、だから私、シドにちゃんと向き合えなかったんだ。
エイドリアン様が私を『もの』扱いするように、私もシドにやっていることは同じだもの。
自分の都合で奴隷を買って、自分のいいようにしている。
その気持ちにも向き合わず、主人をいう生ぬるい安全な立ち位置で、自分のことを守っている。
この性悪最低男と、同じじゃない…!
「シド」
私はシド見つめて、見つめ返してもらうのを待った。
この人に見合う人に、今からなれるかしら。
「キャンディス、俺にあいつを殴らせろ」
「ううん、そんなことしなくていいの」
「だが」
私はシドの首元に手を伸ばして、そのチョーカーの鍵を外した。
シドは目を見開いて、私を見ていた。
微かに唇が震えて、無表情のままなのに悲しそうに見えた。
私は顔をもっと近づけて、シドの顕になった日焼けしていない部分にキスをした。
いつも、シドが私にするように──。
「…キャンディス」
「今ので、通じるかな」
「……っ」
「やっぱり、チョーカーなしで私のそばにいてほしいよ」
「俺で、いいのか」
「シドがいい」
強く言い切ると、シドの赤い目が揺れて、今まで絶対にしてこなかった唇へのキスをされた。
何度も口付けて、シドが離れたら私からもした。
それに応じるようにシドも強くなるから、やっぱり私の方が捕食対象者だったみたい。
「キャンディス、好きだ」
「うん、私もシドが好き。ずっと言っているけど、そもそも最初から好きなのよ」
「ああ、この見た目でよかったと思っている」
「見た目以外も好きよ」
「もっと言ってくれ」
「あなたのその目も、強引なようで優しい手つきも、私を呼ぶ声も、私がかっこいいって思っているのをわかっているところも、ほんとは好き」
「…俺も、最初から惹かれていた」
なぜかシドが泣きそうに見えた。
実際はいつもの無表情だったけど、やっとシドの心に触れられた気がした。
シドは私の首に唇をつけると、チュウッと強く吸った。
「え…っ、今のって」
恋愛経験値のない私でも、シドの不敵な顔を見たら何をされたかわかった。
今つけられた跡と同じくらい、顔が赤くなっていくのはしょうがないと思う…!
「これ以上、キャンディスとの時間を邪魔されるのは許せない」
シドは立ち上がると、呆然としているエイドリアン様の首根っこを掴んだ。
なんか、顔が白いような…?
「これ、外に捨ててきていいか?」
「え、ええ、なんか大人しいし、今のうちね」
「殴ってもいいか?」
「今回も肩脱臼くらいにしといて。あとで面倒くさそうだから」
「わかった」
シドがエイドリアン様を連れて行っている間に、私は赤らめた熱を冷ましていた。
すぐに戻ってくるなり、シドは私を抱き上げて膝の上に乗せてから座った。
「あ、あのシド、この体勢は」
「もう断られる理由がない」
「えっと〜、エイドリアン様は大丈夫だ──」
「他の男の名前は聞きたくない」
シドはぎゅうぎゅう抱き締めて、私の肩に顔を埋めた。
私もおずおずと、はじめて抱き締め返した。
シドが少しだけピクリと動いたのがわかった。
「もう恋人ということで、いいんだよな…?」
「うん、シドがよかったら」
「いいに決まっている」
「さっきはエイ…、あの人の前だったから言えなかったけど、シド、私の恋人になってほしい。遅くなってごめんね?」
「うん」
シドの腕の力が強まって、胸がキューっとなる。
「キャンディスの恋人は、俺だ」
そう耳元で囁かれると、またじわじわと熱が集まってくる。
シドがフッと笑った気がしたあと、耳を食べられて、さすがに声が上擦った。
「ま、待って、シド…!」
「もう待たない」
「いや、あのっ」
「たくさん待った」
「そうなんだけどね!?私、恋愛初心者だからっ、その、もう少し優しめでお願い!」
なんとかそれだけ言うと、シドは少しだけ離れて私の顔を覗き込んだ。
「わかった」
さっきよりも優しいキスが落ちてきた。
それにドキドキするのに、安心するのはなんでだろう。
「少しずつな」
「う、うん!うん!」
「真っ赤だ、可愛い」
私の好きな赤い目が、いつもよりとろけるように見えて、甘くて。
恋人として一緒にいてくれるシドに、結局悶えるしかなかった。
うう、だって、かっこいいんだもの!
了
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