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英雄のこと

作者: のーりん
掲載日:2026/04/06

横須賀で育った僕は久しぶりに故郷に足を向けた。

八〇年代、僕はこの街に住んでいた。街の記憶をたどると、ひとりの少女の面影がよみがえる。

誇り高く生きる勇気とは……彼女を思い返すたびにその問いが心の底から湧き上がる。


(1)

鎌倉で父の葬儀を終えた僕は、ひとり電車に乗った。三十年ぶりに訪れた横須賀はすっかり変わっていた。

JR横須賀駅の改札を出ると微かに潮の香りがした。巡洋艦や潜水艦を見ながらヴェルニー公園をゆっくりと歩く。初夏の日差しの下、数組のカップルと老人がベンチに腰を下ろし穏やかな時間を楽しんでいる。

ドブ板通りに入ると、外人BARは色あせた看板を残してシャッターを下ろしていた。通りには観光客向けのバーガーショップとスカジャンを売る店が数件あるだけだで、海兵服姿のネイビーもアメ車も、かっての賑わいとともに姿を消していた。

大滝商店街を過ぎ、三笠公園通りを進むと、やがて三笠の艦影が現れた。公園のベンチに腰を下ろし、海に浮かぶ猿島を眺める。公園に隣接する米軍住宅に人影はなく、基地内のマクドナルドの軒先で風に揺れる星条旗だけが、あの頃と変わらぬ姿でそこにあった。


小学生の頃、僕は三笠公園近くの団地に住んでいた。五階の部屋からは横須賀の海が見えた。風はいつも静かで、海から来た白い雲がゆっくりと山の方に消えていく。潮の香りはどこか儚くて、夕闇があたりを包むと海を渡る船の光が、蛍のように見えた。

横須賀は、ネイビーの街だった。ドブ板商店街に並ぶ海兵相手のBARは朝方まで営業していた。僕の通う小学校からもベースが見えた。ここに通う生徒の家族の多くはベースで働くか軍人相手の商売をしていた。学校には数人の混血児がいた。多くはBARの元ホステスの子で、ほとんどが母子家庭だった。街にはアメ車が走っていた。英語の標識や看板も多く、80年代の横須賀はアメリカ占領時代の残影が色濃く残っていた。


僕がエディのボクシングジムに通い始めたのは小学五年生の春休みだった。ドブ板通りですれ違った不良に殴られたのがきっかけだ。当時、街で不良に絡まれることはよくあることだったが、殴られたのは初めてだった。もうあんな目に会いたくない。自分の身は自分で守る。僕は喧嘩に強くなりたかった。

エディのジムは横須賀中央駅の坂を下りた古いビルの一角にあった。エディはネイビーを退役した黒人で、ベースの元ヘビー級チャンピオンだった。若い日本人の妻と小さな子供がいたが、六十歳は越えていたように思う。ジムには20~30人の生徒がいて繁盛していたのだろう、ピンクのキャデラックを乗り回していた。

僕は早朝練習を兼ねて新聞配達をしていた。横須賀中央駅周辺の家に新聞を配達し終わると、エディが指示した練習メニューをジムでこなして登校する。毎日のハードワークも習慣になると苦とは思わない。ジムに通って一年もすると練習試合に出るようエディに言われた。結果は三戦三勝だった。左フックと右ストレートのコンビネーションを僕は得意とした。「ボーイ! 素質あるよね!」下手な日本語でエディは言った。

六年生にあがる春休みは、いい天気が続いた。僕はフットワークを意識しながら新聞を配っていた。つま先で走りながら、右に左に軸足を替える。まだウォークマンは発売されたばかりで手は届かなかったが、頭のなかではロッキーのテーマが流れていた。

ある朝、青いワンピースを着た少女が駅前のバス停に座っていた。背筋をまっすぐに伸ばし座る少女は、遠目にも美しく見えた。少女の気品ある姿に魅かれた僕は、少し傾斜のある坂をいつも以上に軽快に走った。息を吐きながら、バス停を過ぎる間に少女の顔を盗み見る。少女の顔は、朝の太陽に包まれて、おぼろげな輪郭しか見えなかった。

バス停を走り過ぎた僕は、彼女のことが気になった。背中に彼女を感じながらも、後ろを振り返る勇気が出ない。新聞を配る手は汗で濡れて、早く戻らなきゃという思いで、息が切れるほどのスピードで走る。バス停が見える丘の上でラストスパートを駆ける。

遠くにバスの過ぎ去る影が見える…

バス停には誰もいなかった。力が抜け、ベンチに座り込む。何を期待していたんだろう?自分が可笑しくて、声にもならない小さな笑いが漏れた。肩で息をしながら呼吸を整える。

通りにはまだ朝の静けさが残り、通勤電車へ向かう靴音だけが遠くで微かに響いていた。


(2)

六年生になって最初に僕を落胆させたのは、同じクラスに東がいたことだ。小学校に入学してから、ずっと同じクラスで、東の顔を見るだけで嫌な気持ちになる。土建屋の息子の東はいつも取り巻きに囲まれていた。土建屋といっても主な仕事は自衛隊や米軍基地の下請けで、基地反対派への嫌がらせなど手洗い仕事も請け負っていた。東組といえば街では知らない者がいない。東に逆らうと学校でも街でも生きていけないーそんな空気があった。

東は今日も白いシャツを着ていた。

街の洋服店でしつらえた麻や綿、フランネルの高級なシャツだ。東の父親も同じ白いシャツを着ている。いつもクリーニングしたきれいな白いシャツはシミひとつない。僕らは、夏はTシャツにジーンズ、冬はジャンバーにズボンとカジュアルな服装だった。東は、夏は麻の白いシャツにスラックス、冬場は紺のジャケットにカシミヤのコートを着て、ピカピカに磨かれた黒い革靴を履いていた。やんちゃな金持ちのボンボンは少し浮いた存在だった。小太りな東は、いつも、つまらなさそうな顔をしていた。

僕の両親は市役所で働いていて、リベラルな考えを持っている。空母や原子力潜水艦の寄港の際は反対派と一緒にプラカードを持って歩いた。母親は一度、デモから帰ってきて頭から血を流していた。デモ隊に殴り込んできた東組の組員に木刀で殴られたと言った。

東はクラスの誰かを気まぐれに殴ったり、蹴ったりする。そんな時、僕は無関心を装った。面倒には関わりたくない。誰もが、自分の身は自分で守るしかない。いつもそう思っていた。幸い、東も僕には手を出さなかった。


始業式が終わりクラスに入ると担任の先生が全員の出席を取る。最後に先生が転校生を紹介した。教頭先生に付き添われて教室の外に転校生が来ると、先生は静かにするように言った。

クラスの注目を浴びる転校生は俯きながら教壇に立った。

転校生は、戸惑いながらもゆっくりと顔を上げた。

その瞬間、胸の奥がきゅっと縮まった。


ーーーあのバス停の少女だ。


白いワンピースの裾が揺れ、あの日と同じ横顔が教室の光に浮かび上がる。

「淵田と言います。皆さん、よろしくお願いします」

背筋を伸ばし挨拶する。

背が高く大柄な淵田は、少し面長で、大きな目に、鼻筋の通った顔をしていた。皆に拍手で迎えられると、淵田は教壇を下りて歩き出した。歩行が少しふらつくようで、右に左に揺れている。両手を広げバランスを取りながら慎重に歩く姿は、どこか滑稽で案山子のように見えた。

「かかしや!」

東が叫ぶと一斉に笑いが起こった。淵田は恥ずかしそうにしながらも自分の席に座った。嘲笑がおさまると淵田は強い瞳で前を向いた。まっすぐな視線だった。

「淵田さんは足が悪いのでみんな気をつけてあげて」と先生は言った。


まさか、こんな形で再会するとは思わはなかった。

なぜか心臓の鼓動が早くなる。頬が少し熱を帯びている。

僕は彼女を目で追うことしか出来なかった。


(3)

淵田は外見のイメージとは違い、おとなしい子で、他人と話しているところをあまり見たことはなかった。

四月の始業日に行われたホームルームで、淵田は改めて自己紹介した。女子の「お父さんのお仕事は?」という質問に「神父をしています」と答えた。それは僕の住む団地の端にあるカソリック教会だった。淵田は食事の前に「アーメン」と言い、胸には金の十字架のネックレスをしていた。ある昼休み、同じクラスの女の子が皆の前で「ネックレスは禁止よ」と注意したが「これは御守りだから手放せないの」と静かに言い返した。

淵田は、いつもゆっくりと歩いた。友達と歩速を合わすのが苦手なのか、学校の登下校はいつも一人だった。休み時間も同じで、クラスの行事や体育の授業では皆の足を引っ張ってしまうことも多かった。迷惑そうな顔を向けられても「ごめんね」と言いながら、休まず参加していた。

東はそんな淵田をよくからかった。両手を広げて歩く淵田に「かかし!」と東が言うと、取り巻き数人が「かかし! かかし!」と淵田を囲こんで泣き出すまで言った。クラスメイトの女の子はそれを見て「やめときいよ!」と言うものの、本気で止める気はなそさうだった。

僕はクラスに馴染めないでいる淵田に、声をかける勇気はなかった。面倒なことに関わりたくない。そんな卑怯な気持ちがどこかにあったのだと思う。


五月になり、僕と淵田はクラス委員に選ばれた。月替わりのクラス委員は先生が決める決まりで、その日は、放課後に二人で週末のホームルームの内容を打ち合わせていた。

そこへ東が取り巻き二人を引き連れて入ってきた。僕らが教室の隅で話しているのを見つけると、薄ら笑いを浮かべて近づいてくる。その笑みを見た僕は嫌な感じがした。今日の話し合いは止めて帰ろうかーそう思ったが、淵田は落ち着いた様子で、静かに僕を見ていた。

東達は淵田を囲み、いつものようにからかい始めた。

「のっぽ」

東が言うと、取り巻きが「ぶすクリスチャン!」と声を上げる。

それでも淵田は表情ひとつ変えず、僕との会話を続けた。

「なんか言えよ」と東に言われても淵田は一切、反応しなかった。あからさまに無視されたことで東の苛立ちはさらに募った。

東は僕の方へ顔を向け「こんなヤツとクラス委員するのか?」と聞いてきた。

東が怖いわけではない。ただ、口達者で人をからかう東は苦手で、関わるのが嫌だった。

「なぁ?」と念を押され、僕は言葉を飲み込んだまま頷いた。その様子を見た東は「先生にクラス委員は無理って言っとけよ」と命じるように言った。

「うん。まぁ……」と曖昧に返した瞬間、淵田の顔が曇ったような気がした。

しばらく東達は淵田をからかい続けたが、それを無視する淵田の態度に腹を立てたのだろう。「バカにすんなよ!」と叫ぶと、東は淵田の脇腹を思いっ切り蹴りつけた。苦しむ淵田の姿を見て、東達は笑いながら教室を出て行った。


それでも僕は淵田を助けなかった。

東達がいなくなってから、ようやく「大丈夫か?」と声をかけた。

返事はない。淵田は腹を押さえ俯いたまま涙をこらえている。

「大丈夫か?」もう一度言った。

心配しているつもりなのに、頭の片隅では、面倒なやつとクラス委員をすることになるな、と考えている。

「保健室行こう」

机を抱くようにうずくまる淵田に、もう一度声をかけた。

「大丈夫だから」

そう言うと、淵田はゆっくりと僕の方を見た。そして、机から手を離し、痛みに耐えるように背筋を伸ばした。

「ホームルームで家族のこと話そうか。おじいさんやおばあさん、両親のこと。犬のことでも、なんでもいいから」

苦しげな声で彼女はそう提案した。

「いいよ」僕が頷くと「ありがとう」と小さくつぶやいた。


その後も東の淵田への嫌がらせは続いた。

淵田は許しを請うこともせず、東の存在そのものを拒むように無視し続けた。

クラスの誰かが淵田と話すだけで、「あいつと仲良くするなよ」と東は脅すように言った。


(4)

週末のホームルームでは家族のことについて話すことになっていた。最初に口を開いたのは淵田だった。

「私のおじいさんは真珠湾攻撃の飛行隊長でした」

教室は静まり返ったままだったが、僕の胸だけがざわついた。僕の死んだじいちゃんも、あの作戦に参加していたからだ。

空母赤城で航空機の整備をしていたじいちゃんは、飛行隊長(真珠湾攻撃の飛行隊長だった)のことを「真珠湾の英雄だ」と語っていた。

淵田は話しを続けた。戦前、家族は横須賀に住んでいたこと。だから横須賀は第二の故郷だということ。そして戦争末期、広島に移り住んだ祖母が被爆したこと。

「私の足が悪いのも原爆のせいです」

悲しそうに話す淵田の言葉は教室の空気を静かに揺らした。


昼休み東達は淵田を囲んだ。

「お前のじいちゃんが戦争を始めたんやろ」

淵田は黙っていた。東はさらに言った。

「戦争犯罪人や」

その言葉に僕はドキッとした。僕のじいちゃんもあの戦争に参加した。

侮辱を受けながらも、淵田は怯むことなく悲しそうな瞳で東を見ていた。


家に帰って淵田の悲しそうな瞳が目に浮かんだ。

僕の部屋にある死んだじいちゃんの写真は海軍の頃のものだ。じいちゃんが大事にしていた写真で、形見分けの時に僕がもらった。白黒の写真には、横須賀鎮守府の庁舎を背景にした、白い軍服姿の二人の男が写っている。平和な時代に撮影されたのだろう、屈託のない笑顔に曇りはなかった。八重歯の見えるのが死んだじいちゃんで、隣の男が、真珠湾の英雄だ。いつも、じいちゃんは自慢気に英雄のことを話していた。

じいちゃんの英雄の面長の顔は、どこか淵田に似ていた。


(5)

初夏になり、水泳の授業が始まった。淵田の足の親指は小指みたいに小さかった。皆、淵田の親指を見て気味悪がった。

東が「なんじゃその指」とからかった。淵田は急にしゃがみ込むと泣きそうな顔をして両手で足の親指を隠した。その動きが少しおかしかったのか周りの同級生が笑った。先生が笛を吹き「集合!」と叫んだ。淵田が立とうとするとバランスを崩し案山子のように両手を広げた。それを見た東がすかさず「かかし! かかし!」と言うと、数人の取り巻きが「かかし! かかし!」と一緒に囃し立てた。

淵田はよろよろと走って取り巻きから逃げた。取り巻きどもは「かかし! かかし!」と言って淵田を追いかけた。プールサイドの端に追い込まれた淵田の瞳から大きな涙が落ちた。

「やめなさい」という先生も遠くで見ている同級生も、淵田を本気で助ける気配はなかった。


僕は初めて淵田の瞳からこぼれる涙を見た。

淵田が守ろうとしていた大切なものが、手から離れていく。

「泣くな!」

僕は淵田をからかう東にゆっくり近づくと思いっきり拳を打ち込んだ。

右ストレートが東の顔面にクリーンヒットする。

東はプールサイドに倒れ込むと大きな声で泣いた。

目を真っ赤に腫らした淵田が驚いた顔で僕を見た。

「こいつをからかうやつは俺が許さん!」

驚く取り巻き達に向かって僕は言った。

クラスの誰もが突然の出来事に呆気にとられて僕を見ていた。


事件の翌日、僕は校長室に呼び出され、両親付き添いのもとで東に謝罪した。白いシャツを着た東の父親は「こんな暴力的な生徒のいる学校に息子を通わすことはできない」と言った。校長室で勝ち誇った東を僕が睨みつけると、東は父親の影に隠れた。僕の両親はひたすら東の両親に詫びていた。慰謝料の話になると「大人の話にはこれ以上付き合わなくていい」と父は言った。そして僕はひとり家に帰された。

その日の夜、父が僕の部屋に来て、なんで東を殴ったのか聞いた。僕は質問に答えたくなかった。僕は黙ってじいちゃんの写真を見ていた。そんな僕の態度に父は少し困った顔をして扉の前に立っていた。僕は「淵田への虐めがひどかったから……」とぽつりと言った。それ以上、詳しい話はしなかった。父はもう少し事情を聞きたそうだったが、黙りこくる僕を見て「でも、人を殴るのは良くないな」と言った。僕は素直に「わかっている」と頷いた。父は少し厳しい顔をして「東君とも仲良くな」と言うと、部屋を出て行った。

プールの事件が終わってから、淵田をからかうやつはいなくなった。東も僕に殴られてから妙におとなしくなった。休み時間に友達の輪の中で話す淵田を見ることも多くなった。以前と違う穏やかな空気がクラスに流れていた。


(6)

淵田は教会の隣に住んでいた。昨年、建て替えられたコンクリの教会と違い木造の古びた家だった。

新しく出来た教会はモダンな建物で「この土台はイエス・キリストである」と礎石に刻まれていた。日曜になると教会の鐘がミサの時間を告げる。その澄んだ音色は僕の団地にも低く響いた。エディのジムに通う僕はいつも教会の前を通った。平日の教会はいつも静まりかえっていて、人の気配もしなかった。

ある日の放課後だった。教会からオルガンの音が聞こえた。珍しく教会の扉は開いていて、オレンジ色の蛍光灯が室内をほのかに照らしていた。聖歌なのだろう、とてもきれいな曲だった。淵田かもしれない。なんとなく気になって中をのぞくと神父がオルガンを弾いていた。面長の顔に澄んだ瞳が薄い明りのなかで煌めいてみえた。

神父の瞳に、僕はなんとなく気圧された。


教会を出ると僕はエディのトレーニングメニューをこなすために三笠公園に向かった。放課後の空いた時間、シャドーボクシングとランニングをする。それが僕の日課だった。

公園を数周走り、トレーニングを終えるとベンチに腰掛けた。陽は傾きかけているとはいえ、初夏の日差しはきつかった。吹き出る汗を止めようとTシャツを脱ぐ。穏やかに吹く潮風で体を冷ます。息を整えると頭がすっきりした。すると、さっきの神父を思い出した。

あの神父が淵田の父親か。

気品に満ちた静かな眼差し。

そういえば、バス停の淵田も同じような目をしていた。

あの日の淵田は、きれいだったな……と思うと自分が少し可笑しくなった。

猿島の桟橋に向かう観光船が見える。

芝生広場から女子高生のはしゃぐ声が聞こえる。

突堤の上の青い空に雲がひとつ浮いて、凪いだ海は、金色に輝いていた。

夏休みになったら教会の礼拝に行ってみよう……。


七月の終業式の日、先生が淵田に皆の前で挨拶するように言った。突然のことにクラスは少しざわついた。

「淵田さんはアメリカの学校に行くことになりました」先生が言った。キリスト系の学校に入るとのことだった。

淵田は教壇に立つと「短い期間でしたが、ありがとうございました」とはっきりとした声で別れの挨拶をした。

僕は動揺を隠すように無関心を装った。

いつ引っ越すの? クラスメイトの女の子が質問すると「八月の初めには」と小さな声で淵田は言った。


(7)

その頃、横須賀は「原子力潜水艦寄港反対」のデモが頻繁に行われていた。元駐日米国大使の発言から横須賀への核兵器持ち込み疑惑が浮上、原子力潜水艦や空母が横須賀に入港する度に反対派が集まった。

七月の最後の週、原子力潜水艦が横須賀に寄港した。数日前から街は人で溢れていた。一部の学生が基地の入口にバリケードを築いて警察と対峙し、横須賀中央駅の商店街から基地の入口まで反対派はデモを繰り返した。マスコミは、連日、横須賀の騒動を報じていた。共産党員や革新系の学生、右翼や東組の組員が街をうろついていた。

僕はエディのジムで毎日練習していた。練習試合の戦績も七戦七勝と無敗を続けていた。僕はボクシングに夢中だった。その日も練習を終えて家に帰ろうと街に出た。

街の道路は「戦争加担に反対」「核兵器の持ち込み反対」「県民のいのちと安全・暮らしを守れ」と書かれたプラカードや横断幕、のぼりを持ったデモ隊で埋め尽くされていた。通りを歩こうにも大勢の野次馬で身動きが取れない。

デモの人に目を向けると、デモ隊の中に「戦争加担に反対」のプラカードを持った淵田が神父と手をつないで歩いていた。いつも右に左に揺れながら歩く淵田は、神父に支えられて、まっすぐ歩いている。白いワンピースを着て「戦争反対!」と叫ぶ淵田の胸に金のネックレスが揺れていた。

通りの先を見ると東が僕を指さしているのが見えた。中学生の不良に何か言っている。そいつは、昔、ドブ板通りで僕を殴ったヤツだと直ぐに気付いた。

不良は僕を見て頷いた。どうやら東は僕に復讐したいようだ。

基地の方角で銃声のような音が聞こえた。大勢の人が走って逃げてくるのが見えた。通りは逃げ惑う人でごった返した。その瞬間、白いワンピースが人混みに飲まれていくのが見えた。

僕は逃げ惑う人に押されて淵田を見失った。

助けなきゃ!

不良に狙われている僕は戸惑った。

気づけば、たくさんの人をよけながらヤツが僕に近づいている。僕は前から来る人を避けるのが精いっぱいだというのに、ヤツは不敵な笑みを浮かべて着実に間合いを詰めていた。僕は覚悟を決めて不良を待った。

今だ!左フックに右ストレートを素早く放った。確実に仕留めたはずだったが、すんでのところで僕のパンチはかわされた。拳が空を切るのがわかった。

走り去るように僕の横を通り過ぎるヤツは、右ストレートを僕の顎めがけて放った。強い衝撃を受けると僕はのけぞった。完敗だった。意識が遠のき、全身の力が抜ける。地面に倒れる寸前に僕は誰かに受け止められたようだった。

目の前のデモ隊は算を乱して逃げている。

白いワンピースの少女が道に倒れている。誰かが両手を広げて、逃げるたくさんの人を遮り、血だらけになりながら少女の前に立っている。

東だ! 

薄まる意識のなかで、道にひとり立つ東を僕は見た。白いシャツを着た東は盾になり、淵田を守っていた。


目を覚ますと僕はエディのジムにいた。

「ヘイ! ボーイ。よそ見しちゃダメよ」

エディは微笑みながら下手な日本語で言った。僕たちのファイトをずっと見ていたのだろう。

「いいフットワークしてたよね」

エディがそう褒めたあいつは、数年後、ボクシングの日本チャンピオンになった。

悔しいが、あいつには勝てそうにない。人混みの中をまっすぐ僕だけを見て、目の覚めるようなフットワークをしたあいつを、僕はしばらく夢に見た。

ボクシングは中学卒業まで続けたが高校で辞めた。エディのジムが閉鎖したのがきっかけだ。エディは横須賀で事件を起こし米国へ強制送還されることになった。警察に連行されるエディは「ボーイ! ボクシング続けるんだよ!」と僕に言った。僕はエディに微笑み返すだけだった。もう、ボクシングへの情熱も、戦う意味も無くなっていた。僕の戦績は十五戦十五勝で、あいつに食らった一発が唯一のKO負けだった。

反対派の運動も虚しく、横須賀は今でも原子力空母や潜水艦の母港だ。大型の原子力空母が寄港できるようパースの拡張工事は続いている。基地の拡張工事は東組が請け負っている。きっと小太りで白いシャツを着た東が現場を仕切っているのだろう。

腐れ縁なのか、僕と東は中学卒業まで、ずっと同じクラスだった。小学校よりも仲良くはなったが、互いに胸の内を明かすようなことはなかった。

デモの日になぜ淵田を助けたのか、不思議だったが、理由は聞かなかった。だから、本当の理由ことは、わからない。


(8)

デモのあった翌週、八月の最初の日曜日の朝だった。淵田が家に訪ねて来た。まだ起きたばかりの僕に母親が「お友達が来たよ。女の子」と興味ありげな目で言った。僕はジャージとTシャツのまま外に出た。鉄の扉を開けると白いワンピースを着た淵田が恥ずかしそうに立っていた。寝ぼけ顔をこすりながら「よう」と僕は言った。淵田は小さくお辞儀をした。団地の廊下は二人で立つと狭く感じた。淵田は僕に紙袋を手渡した。

「助けてくれてありがとう」と言うと「朝早くにごめんね」と帰ろうとした。 

「ちょっと待って」

僕は部屋に戻り、机の上のじいちゃん達の写真を持って外に出た。淵田は扉の前で待っていた。

僕は写真を手渡した。

「おじいさん!」

驚いた顔で僕を見る。

「鈴木君のおじいさんも海軍の人?」

「赤城の乗組員だった。飛行機の整備をしていたらしい」

「そう」と言うと、淵田は黙った。

「お前のじいちゃんのこと『英雄』て言ってた」

淵田は「英雄」という言葉を聞くとビクッとした。そして小さな声で「私の知っているおじいさんは英雄なんかじゃないよ」と言った。

「じいさん同士が戦友だったと知った時はびっくりした」

淵田は写真を見ながら頷いた。

「だから私を助けてくれたの?」

そう言われるとそんな気もするが……。

淵田の質問に僕は、はっきりと答えることが出来なかった。

「先週のデモは大丈夫だった?」

僕は話題を変えて、デモで淵田を見かけたことを話した。あれから無事に逃げられたのかを聞くと「なんとか脱出できた」と淵田は答えた。僕は気になっていたことを聞いた。

「淵田を助けたのは東だよね?」

淵田は不思議そうな顔をして僕を見た。

「誰かが人波を避けてくれたけど、慌てて逃げたから誰だかわからなくて」

淵田は残念そうに言った。

「鈴木君かと思ってた……」

僕はその日、パンチを食らって伸びていたから、淵田を助けることは出来なかった、と笑って言った。

それから、淵田と僕はクラスのことや家族のこと、好きなアイドルや野球選手のことなどたわいもない話をした。三十分くらい話したろうか、淵田は腕時計を見ると「もう帰らないと」と言った。

「明日、東京に出て来週にはアメリカなんだ」

淵田は写真を返すと、清々しい顔をして僕を見た。 

「さようなら」

淵田は小さくお辞儀をすると、僕に背を向け歩き出した。

右に左に揺れながら、歩いていく。

「さようなら。元気で」

一瞬、淵田は歩を止めたが、振り向くことはなかった。

僕は淵田と別れがたくて、団地の五階の廊下から彼女の行くのを見ていた。

相変わらずまっすぐに歩けない淵田は、両手を広げて右に左に揺れながら歩いていた。白いワンピースが夏の陽ざしに包まれていく。

その日は静かな夏の朝だった。団地の公園では親子連れが砂場で遊んでいた。

僕は手に持っていたじいちゃん達の写真を見た。二人の屈託のない笑顔をしばらく見ていると、笑い声が聞こえたような気がした。

(了)


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