71.読モはいかが?
一般人がテレビに出るにはハードルが高いので、リハーサルが欠かせません。
「……スモーは単なる競技としてではなく、互いを知るためのコミュニケーションツールとして広まってくれれば、こんなに嬉しい事はないですね」
これで最後の質問だね。
ピッチリとしたスーツを着たいかにも出来る女性が俺に話しかける。
「今日は貴重なお話しを聞かせて頂きありがとうございました、最後に個人的な質問ですが、カイト様が好きな部活は何かおありでしょうか?」
おいおい、それは台本に無い質問だぞ。
「えっとー …… そうですねー、部活はスポーツだけではなく文化部もあるので、どれが一番かと言われても……」
「そうですよねー。
今週の“気になるあの人”のコーナーはスモー大好き男子高生作家、荒川カイト様にスタジオに起こしして頂きました、来週もお楽しみに」
お姉さんと一緒にカメラの方向に向けて頭を下げる。
「ハイ、ストップ! 今ので何分でした」
「7分47秒です」
カメラは有るけど、ここはテレビ局ではない、そもそも帝都ですらない、日王市のレンタルオフィスの一角でテレビ放送のリハーサル。
週末に生放送があるけど、しっかりと台本があってその通りに進めるだけなんだけど、イレギュラーな事も起きる。
「鎧橋さん、最後の質問は台本に無かったですよね」
鎧橋恵美歌さん、以前は公共放送HNK のアナウンサーだったのだけど、出産を契機にフリーアナに転身したそうだよ。
「カイト君、アナウンサーはイジワルですよ、あいつ等の営業スマイルに気を許してはダメですよ。
こちらが気を抜いた瞬間を見計らって予想外の質問をぶつけて来ます」
「そうなの? 万世橋さん」
「まったくもってその通りです、アナウンサーの目的は番組の成功です。
男性がそつなく答える姿よりも、うろたえた姿を流せば、一気に話題をさらいますからね、台本以外の質問が来る前提で構えていてください」
アナウンサーは味方だと思わない様にと釘を刺され、
「さぁ、カイト様、落ちついたら先程の反復ですよ、全体に早口になりがちです、それから言葉と言葉の間を開けるのではなく、フレーズ毎の開きを意識して、これは視聴者に考える時間を与える為でもあります。
イントネーションはまぁ及第点ですね、ですが大切なのは……」
インタビューの時の受け答え、発音や話し方をしっかり直されただけでなく、目線や所作まで仕込まれた。
“本音を語る場所ではなく、演じる場所”
台本通りに演技をする場所だよ。
そうそう、こちらの世界のテレビ事情は民放が数社と公共放送のHNKがある、あくまでも公共放送であって政府が金と口を出す国営放送ではないよ。
俺が出るのは金曜夕方のHNKの情報番組、テレビ局には報道と情報があって、火事が起きたとか、公共交通の遅延とかを流すのが報道部。
お花が見ごろですとか、一日の塩分摂取の目安とかを放送するのが情報部。
金曜の夕方6時からは報道部のニュースが15分程、その後流れる様に情報番組に移るのだが。
一部の業界でしか知られていない人や、これから伸びるであろう人を深掘りするのが“気になるあの人”のコーナー。
通電堂さんの話だと15分の確保は確定したそうで、先週の金曜の予告でもしっかり俺の顔と名前が出て、番宣もバンバン流れているそうだよ。
もちろん臨時ニュースとかが入れば流れる可能性もあるけど、そんな事よりもまずは会話のアクセントが喫緊の課題。
15分のうち、俺がアナウンサーさんと話すのが7~8分、残りはあらかじめ録画してある、俺の日常や女子スモーの場面を流すのだけど、その間も映像に注釈を入れなければならないそうだ。
▽▽
学校を一日休んで演技の練習をした後は出版社の人達と会う、プチ・ジュニの十六モモさん。
講英社が出版するLLLは福邦弘恵さんと言う編集者。
川講書店さんのKawateenの編集は西京さん。
三人と顔を合わせる。
三大派閥とも言われるこの三誌だが派閥別けはもっと早い時期に始まっている、女の子が最初にハマるアニメ、殆どがマンガ連載と並行していて、放送中に “さぼん”や“なガよし”、“じゃお”等の掲載誌のCMが流れるそうだ。
初めて買ってもらったマンガ誌は年齢毎に分かれていて、そのまま上のランクに上がって行き、その流れはティーン誌まで続くそうだよ、ところがこのティーン誌にも問題が有って。
「……三誌とも創刊時は中学生が対象だったのです、それが次第に小学校高学年が読む様になって、読者年齢が下がって行くと、中学生達からは見向きされなくなって」
「へぇー、雑誌も難しいのですね」
俺は並べられた献本を前に言う、ちなみに表紙は三誌とも読者モデルの子達、俺を表紙に使わないの事で協定を結んだそうだよ。
「そうなんです、ですがカイト君は我々ティーン誌の救世主になるかもしれません」
「卒業して行った中学生達が再び手に取るかもしれませんし」
「今月号のKawateenは通常よりもかなり多めに印刷しています」
「いやいや、我が社のLLLは取次さんから足りないと言われて、出版前に増刷の手配をかけまして」
「プチ・ジュニを印刷している会社は製本が間に合わなくて急遽夜勤をしているそうですよ、嬉しい悲鳴ですけど、現場からは本当の悲鳴でして」
プチ・ジュニさん、怖い事言っていないか?
互いに協定を結ぶけど、具体的な発行部数になると牽制しあっている。
本の発行部数は、出版社が発表する公称部数、実際に印刷した部数、流通網に乗った流通部数。
流通部数から返本分を引いたのが実売部数。
公称部数とお客が手に取った実売部数に大きな開きがあったりもする。
「……部数に関してはお互いの販売戦略に関わる事なので、具体的な数字は申し上げられないのです」
Kawateenの編集部西京さんが言う。
「そうそう、カイト様の御自宅に献本が届きます、これは発行部数には含まれませんよ」
LLLの福邦さんの言葉。
「献本と言えば、施設に寄付の分も発行部数には含まれませんよ、むしろ控除の対象になります。
孤児の施設に本を寄付するなんて、立派な心がけですね」
日王市のアルトの家を訪問した時に食堂の本棚にボロボロになるまで読み潰した本を見て、何とかしたいと思っていたのだよ、子供の頃に読んだ本は、その後の人生に大きな影響を与えるだろうしね。
小集館、講英社、川講書店の業界大手の三社が音頭を取り、絵本やマンガ本やジュニア向けの小説を定期的に寄付してくれる事になったのだよ。
献本をペラペラとめくる俺、どの雑誌も読者モデルさんが活躍しているね、アレ?
「ちょっと、聞きたいのですけど」
『はい、なんでしょうか』
三人の編集者が声を揃えて言う。
「さっきは、主な読者は小学校高学年って言っていましたよね、読者モデルさんは何年生なんですか?」
「特に年齢制限は設けていませんが、おおむね読者と同年齢ですね」
「うちもそうですね」
「中学生の子もいない訳ではないですよ」
「そうなんですか」
「あの、カイト君、よろしかったら読者モデルの子を紹介致しましょうか」
「我が社の読モは数が多いですから、選び放題です」
「実は本日は数名ご用意してあります、顔だけでもご覧頂けないでしょうか」
読者モデルさんは、しっかりお断りしたよ、リンちゃん先生やみんながいなくなった日から、俺はどうかしてしまった。
今まで通り、仲良くなって、花を散らすまでは良いのだが、最後の一押しが出来ない。
今までなら女の子を紹介されてベッドインでしたけど、濡場は無しです。




