7.華奢な背中に抱きつく
超豪華なタワマンに引っ越したけど、いつまで経っても他の家族が来る気配がない。
中学時代の友達に会いたいと言ったけど、遠くに住んでいるから会えないとの返事。
葵咲は良い子だけど一日中顔を会わせているのも疲れる。
コンシェルジェに相談したらトレーニングルームを紹介された、このマンションには居住者専用のスポーツジムやプールがあったのだ。
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トレーニングウェアを持って部屋を出るとベルガールのナズナさんがやって来る、んんっ、良く見ると同じ制服だけど違う人だ。
「あれ、今日は違う人だね」
「はい、わたくしハコベと申します、カイト様わたし達の事はまとめてベルガールと呼んで頂いて構いませんよ」
「いやいや、そうはいかないでしょ」
エレベータの前まで行くと勝手にドアが開き、ハコベさんと乗り込む、プールは二階、トレーニングルームは三階だけど、豪華マンションにはこれが標準装備なのか?
トレーニングルームのフロントのお姉さん、完璧美人で最初は口を聞くのも恐れ多かった。
「荒川様、いらっしゃいませ、昨日は頑張りましたね、今日はリカバリーですので軽めがよろしいかと思います」
「そうだね、とりあえず着替えるよ」
「はい、こちらタオルになります、ランプが点滅しているお部屋でお着替えください」
個人用ドレッシングルームを出るとピチピチのタンクトップを着たお姉さんが待っていた。
「カイト様、本日トレーニングをお伴させて頂くフレサと申します」
「よろしくお願いね」
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます、それではまずはストレッチから行いましょう」
マンツーマンの個人レッスンを受ける、前の世界にもこう言ったトレーニングルームは有ったと思うけど、会費が物凄く高かったような。
男性の特権で豪華マンションに住んで色々なサービスを受けているのだけど、他の住人を殆ど見かけない、広いトレーニングルームを使っているのは数人の女性だけ、男はどこに行った?
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「お兄ちゃんお帰りなさい、お昼御飯はもうすぐ出来るからね」
妹の葵咲が満点のスマイルで迎えてくれる、この子は俺の世話を焼く事が大好きな子だ、可愛い女の子に懐かれるのは嬉しいけど、妹がお兄ちゃんにベッタリと言うのはどうなんだ?
「ありがとうね葵咲」
「お兄ちゃんは筋トレで疲れているんでしょ、たんぱく質多めのご飯を作るから待っていてね」
「筋トレはそんなに悪くないよ、だけどいつまでもこのマンションから出られないのは厭いて来るね」
「うーん、それじゃあさぁ、午後はサイクリングにでも行かない? 街中しか走れないけど、気分転換にはなると思うよ」
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「お兄ちゃん、お待たせー、さぁ後ろに乗って」
自転車に乗って来た葵咲、後ろに乗れと言っているけど、今度中学生に上がる予定の小柄な子では無理があるだろう。
「いや、俺が前に乗るよ、さすがに重いだろう」
「何言っているの、アシストがあるから平気だって、男の人に労働させたらケーサツに捕まっちゃうよ、ほら早く」
乗ってみて分かったのだけど、女の子の後ろは攻撃力が高い、細い腰に手を回すとほんのりと体温が伝わってくるし、サラサラの髪は甘い香りがしてきて心地良い。
気がつけば身体が熱くなってきた。
凄い美少女だけど俺にベッタリ、頼んだら何でもしてくれそうな雰囲気がある。
この子細身だけど、胸は膨らんできていて、折れそうなウエストの下には柔らかそうな腰回り。
俺の下で歯を食いしばって痛みに耐えている、普段見せない見苦しい顔だ。
真っ白い身体は俺と繋がって……
“ダメだ、よく懐いているといっても妹だぞ”
いくら貞操が逆転した世界でも妹相手はダメだ、いや貞操逆転な世界なのだから、相手は他にいるはず。
そんな煩悩を紛らわそうと、周りを観察していると、自転車の運転に違和感が。
「葵咲、止まる時には足をつかないと危ないぞ、それとさっきから交差点を突っ切っているだろう、車が来たらどうするんだ」
「あー、お兄ちゃんは男性居住区だけで育ったから自転車を知らないんだね。
自転車は転ばない様に出来ているんだよ、ほら」
止まって両足を浮かせる葵咲、わざと体重を左右に揺らすけど、すぐに元に戻る。
「ジャイロ効果だったかな、あとさぁ、街を走っている自転車はデータリンクがついているから四つ角とか見えない所でも他の車とか歩行者がいれば分かるんだよ」
少し変わった自転車だと思っていたけど、とんでもないハイテク装備だ、交差点の前で勝手に減速して、横から来たデリバリーの車をやり過ごす。
前の世界に似ている街並みだが信号も一時停止の標識も無いのは頻繁なデータのやり取りのおかげだろう、近くの車がどこをどの方向に走っているかを常に発信しているから出会い頭の事故は起きない、歩行者もスマホで分かるのだろう、もしかしたら監視カメラのデータとも連動しているのかもしれない。
「ここからが面白いんだよ、見てて!」
自転車はラウンドアバウトを目指して行く、ロータリーと言った方が分かり易いか。
「はい、手放しー」
俺に見える様に両手をあげているにも関わらず自転車はラウンドアバウトに勝手に入って行き、右回りに周っている、良く見れば葵咲はペダルすら踏んでいない。
「これっていつまでも周っているのか?」
「三周周って出て行かないと、入って来た道に帰されるよ、お兄ちゃんどこか行きたいところは有るかな?」
「街のはずれに行ってみたい」
「いいよー、街中経由で行ってみようー」
市の中心部は昔ながらの商店が立ち並ぶ商店街があって、ノスタルジーを感じさせたり、オシャレなキッチンカーが並ぶ広場が有ったり、見ていて飽きない。
だけど男は一人も見かけなかった。
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賑やかな街中を通りぬけ、ビジネス街みたいなところを抜けると宅地が並んでいる街並み。
唐突に宅地が途切れるとその先には路面に色々な警告のシンボルが描かれている、更に進むと、その先は経年劣化が進んだ舗装。
「なんでもこの辺りは昔、農場だったって言う話だけど、すごい大都市だったって言う人もいるの」
「どっちが本当なんだ? もう少し行ってみよう、何かみつかるかもしれないし」
「ここまでしか行けないよ」
「どうして?」
「自転車が進まない仕組みなの、今はペダルが凄く重いし、無理して進もうとすると強引にUターンさせられるよ、緊急道路だから普段は通れないのよ」
「緊急って?」
「うーん、例えばだけど、チューブが使えなくなって隣の街に行けない場合とかかな」
チューブってなんなんだ?
ここまでで入院編は終わりです。
数話で編にまとめてあります。