69.悪い子にはお薬 ◆ 日本橋 歌奈歌 ◆
お気楽モテモテ世界でしたけど、ここへ来てディストピアの暗部の描写が増えました。
男性天国に見える世界ですけど、実際はそれ程でもなかったりします。
わたしは日本橋歌奈歌、大手芸能事務所日本橋プロダクションの二代目社長です。
三人姉妹の末っ子でしたが、長女がテレビ局に進み、次女が広告代理店を選んだので、半ば消去法的な形で二代目社長に就任。
芸能プロの社長なんてなるものじゃありません、華やかな業界ですが、デビュー出来るのはごく一握り、大部分は貴重な青春を無駄に使って人知れず去っていくのです。
そんな因果な商売で姉達のワガママな進路選択にうらみ節を呟いたものですが、結果的に芸能事務所の助けになってくれていて、今や業界では知らない者がいない最強姉妹。
今日は日曜ですが、接待テニスに誘われました。
帝都の高級住宅街の多寡那地区、人口に対するテニスコートの比率が高い地域です、徒歩圏内に数か所のコートがあるのが高級住宅地の条件。
普段足を踏み入れる事の無い、多寡那ローンクラブにご招待、月の会費が一般社員の月収くらいの高級テニスクラブですが、スペリオールゾーンで買い物をする人間にはむしろお手頃価格。
多寡那ローンは会員三名以上の推薦が無いと入会できない閉鎖性が敷居を高くしています。
「さすがの瞬発力ですね日本橋さん、大学でも嗜まれていたのですか?」
爽やかな笑顔で訊いてくるのは厚生労働省の医政局の局長清瀬化々美さん
、わたしの経歴などとっくに調べているのはずですのに、話しのとっかかりを探しているのでしょう。
「清瀬さんこそ、物凄いサーブでしたよ、球筋がまったく見えなかったです」
「わたしのサーブなど稲荷坂さんに比べたらまだまだですよ、おっ、今からその稲荷坂さんのサーブですよ」
稲荷坂と言うのは財務省の人ね、その相手が内務省の半蔵門局長、会話の内容からして大学時代からの付き合いっぽいわね。
局長とクラス言う事は全員50代のはずですが、アンチエイジング施術のおかげで、若々しい容貌と軽快なフットワーク。
まぁ、わたしもそうなんですけどね。
それにしても政府の高官の集まりにどうしてわたしが呼ばれたのかしら?
▽▽
一時間半ほど汗を流したらコートの脇のオープンデッキでくつろぎます。
プラスチックの椅子とチープなテーブルが置いてあるだけ、会費に見合わないと思いますが、雨ざらしのテーブルには盗聴器を仕掛ける場所は無いし、風の音で遠くから聞き耳を立てられない。
ここが本音を話す場所だと言う事は、経験上理解出来るわ。
「どうぞ日本橋さん」
そう言ってスポーツドリンクを差し出す、半蔵門さん。
高級住宅街に住んでいる上級公務員が一本150円のペットボトルを賭けてテニスの真剣勝負なんて滑稽ね。
「ありがとうございます、大事に飲みますね」
「そこは勝者の余裕を見せて欲しいものですね」
「やはり紅葉大で鍛えただけありますね」
▽
「……そうそう、うちの若い職員が先走って、やらかしてしまったのでね、文科省で絞られてきましたよ」
「そうですか、だとしたら厚労省は文科省に貸し一つですね」
財務省の稲荷坂さんが言う、政府関係者は民間と違って直接金が動く訳じゃないから力関係が読みにくいわよね。
「おや、だとしたら厚労省さんはもう一つ貸しがあるのではないのですか?」
内務省の半蔵門さんが言う。
「ああ、あれですか、検査部門にはきつく言っておきましたよ。
荒川カイトの件ですね」
荒川カイト、やはりわたしが呼ばれた理由はこれですか、事務所期待の新人が厚労省とどんな関係?
「日本橋さん、すいませんね、話しに置いてきぼりで。
実はお宅の事務所の荒川カイト君にとんでもない問題があったのですよ」
「あっ、大丈夫ですよ、悪い話ではありませんから、むしろ嬉しい誤算とも言うべき結果でして……」
期待の男性芸能人荒川カイト、彼は無精子症と診断されシンフォニア高校に流れ着きましたが、同級生達と積極的に交流を望み、しかも独りよがりにならずに相手をおもんばかった性行為をすると言う稀有な存在。
女性に対して尊大な態度をとる事無く、フレンドリーに接するので我が社が好条件で契約した経緯があります。
そんな彼ですが、無精子症とは診断ミスで、普通に妊娠させる能力があったと言うではありませんか。
実は我が事務所からも“話し相手”として、先の無い子達を差し出したのですが、彼女達も妊娠したのでしょうか。
「……いやはや、面目ない、こんな結果になったのも我々厚労省の不手際、彼は我が省で面倒を見ましょう」
「清瀬さん、面白い事を仰いますね、男性は今のところ内務省の所管です、ハミング・プログラムでお忙しい厚労省の手を煩わせるわけにはいかないでしょう」
「清瀬さんに半蔵門さん、先程から日本橋さんが呆れていますよ」
財務省の稲荷坂さんが二人をいさめます、こんなところでわたしの名前を出さないで欲しいのですが。
「あっ、そうです、ここは日本橋さんの意見を伺うのはどうでしょう!」
厚労省の清瀬さんが、演技よろしく手をパンッと鳴らします。
「あの、子作りの能力のある男性はスタリオン学園に行くのでは?」
わたしは失言をしてしまったのでしょう、三人とも残念な顔をしてしまいました、わたしの何が不味かったのでしょうか?
稲荷坂さんが勉強の出来ない妹を諭す様に言います。
「日本橋さん、スタリオン学園生の平均寿命は35歳に届きませんよ」
「 …… 」
「まぁ、これは一般に公開されていない事ですから、知らないのも無理はないです、彼らは女性に対して暴力的な性行為をするのですが、次第に暴力がエスカレートする傾向にあります」
厚労省の清瀬さんが感情を無くした目をして言います。
「それは、時々耳にしますけど」
「多少の暴力はあっても、性行為をするのなら問題はないですが、年齢と共に過激になっていく傾向があります。
そうなると我々の手に負えなくなるので“お薬”を使っておとなしくさせますよ。
月に一回の搾精だけをして、後はボンヤリと外を眺めているだけの穏やかな生活を送っていますよ」
半蔵門局長は内務省の人ですね、男性を王様の様に扱っている省庁だと思っていましたが、単なる物扱い。
内務省と厚労省の綱引きは痛み分けに終わり、カイト君は現状通り日王市のシンフォニア高校に通い、孕ませ専用のメイド達に子種を授ける生活。
そしてわたしの日本橋プロにはしっかりと荒川カイトを管理する様に釘を刺されました。
いきなりの政府高官からのお誘いの意味がやっとわかりましたよ
あえて明記して来ませんでしたが、舞台は日本です、最初の設定では日本の某地域で、帝都や日王市のおおよその位置も決まっていたのですけど、これを明らかにすると、歴史的な経緯を説明しなければならないし、諸外国の動きも説明が必要になります。
まったく違う歴史経過なのに、現代日本と似ている社会はいかがなものか。
そう考えると、地域や詳しい歴史はボカしました。