63.種なしの暴走 ◆ 日比谷理華子 ◆
官僚目線のお話しです。
1種国家公務員、通称キャリア、彼女達は入庁研修からして、一般職員とは別扱い、将来を託されている幹部候補生達。
最初の2年は本庁勤務、その後は地方勤務、この地方勤務の時に地元の議員や上位の行政職職員、有力な企業家達と友誼を結ぶのが主な役割。
その後は2年毎に本庁と地方を行き来し、名刺の枚数と共に行政職の等級を上げていく、地味な様だが確実な人脈形成が出世の道だ。
日比谷理華子は男性管理局の出生管理部、前期管理課の課長、まだ道半ば、と言うかやっと登山道に入ったくらいだ、ここから先は魑魅魍魎が出て来る魔界だ。
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内務省は官庁の中の官庁と呼ばれた時代もあった、遥か昔には警察や軍隊まで管轄下に置き、実質的に国を動かしていた官庁でもあったのだが。
軍隊が指揮系統から外れ、法務省からの圧力で警察行政を手放し、郵便事業や放送通信事業が独立したり、他の官庁の指揮下に入ったり。
そして今、最後の牙城とも言うべき男性管理部門が厚生労働省からの攻撃に晒されている。
男性を育てるのは簡単ではない、現代の男性は勃起すら難しいのだ、そんな貧弱でガラス細工の様な男達には、幼少の頃から、女性に対する暴力を当然の様に育てあげ、自然交接に励ませる。
こう言ったノウハウは内務省の先人達が積み重ねて来た叡智だと言うのに、厚労省のバカどもは、
“男女が互いに手を取り合い、進んで行く、明るい社会”
どこまでお花畑なんだ、そんな時代は何百年も前に終わっている。
女の涙の数だけ、白い液体が搾りとれると言う現実を見て欲しい。
豊富な白い滴は効果的な教育のおかげ、全国に数か所あるスタリオン学園、いわゆる種付け高校だ。
ワガママな男子高生と言うイメージが強いが、意外にキッチリ授業をしているし、校則もそれなりに厳しい、強制や拘束によるストレスが性欲に向くと言う事を経験則によって学んだからだ。
午前中の厳しい授業でストレスが溜まった状態の男子生徒は午後の特別体育の時間になると、溜まった欲求を発散、この状態の自然交接の着床率が一番高い。
これも経験によって分かっている事、現在スタリオン学園の新入生達は順調に着床数を上げている、だが懸念が一つ、そんな時にドアがノックされる。
「課長、まもなくサトシ様の交接が開始されるようです、こちらでご覧になられますか?」
「いや、モニタールームに行こう」
“68BD060954”通称サトシ、最初の68は出生年度、BDは出生地コード、最後の六ケタは通し番号に見えるが、実はランダムに振られた番号、コードが外部に流出しても男性の絶対数を知られない為の措置。
偏執狂的なこだわりだが、男子の数は漏らしてはならない。
モニタールームには整然とディスプレイが並び、担当官が時々エッグデバイスを動かし拡大したり、角度を変えたりしている、
「課長、BDのエリアはこちらになります」
「これか」
「はい、954サトシです、昨日も午後と夜の二回の交接が認められております」
「毎日二回とは、元気だな」
壁はエアーマットや、大きめのクッション、これは女性が怪我をしない為の措置。
女性の身体をおもんばかっての設備ではない、一旦流血を覚えると歯止めが効かなくなる男がいるからだ。
攻撃性が行き過ぎ、流血や外傷まで女性を痛めつけないと勃起しない男性は“お薬”の出番になる、これはなるべく先延ばしにしたい。
モニターにはビキニを頭の上で振り回し、女子生徒を追いかけている男性。
原始の時代の狩猟本能の発露だ。
「この年代に相応しくBタイプの体形を好みます、女性を追いかけ回すのがいつものパターンですね」
「大きな胸が好みか、ありがちだな、んんっ、もう始まったのか、暴力は最低限だ、優秀だな」
「その様ですね、時間は短い方ですが、平均の範囲内です」
「問題無いな、むしろ優等生の部類ではないか、何故未だに着床をしていないのだ」
「分かりません、精液の再検査を要求しましたが、最初の検査結果に問題なしとの回答が厚労省より、来ています。
課長から、再検査を要求して頂けませんか?」
やつら、どこまで嫌がらせをすれば気が済むのだ。
「いや、その様な事は厚生労働省に対する不実と取られる、とりあえず様子見だ、その代わり他の男子にもっと着床率を上げる様にしておけ」
「分かりました」
「課長、失礼致します、3係の三田です、今お話し宜しいですか?」
「うむ、構わんが」
前期管理課の、1係は中学生までを担当、2係はスタリオン学園を担当する課の花形、3係は一般高校に進んだ男子を担当、それ程期待されていない職員が配属される部署。
「日王市のシンフォニア高校で妊娠が相次いでおります、その数は30に届きます」
種なしや勃起不全の男子達が送られるのがシンフォニア高校、ショックのあまり引きこもってしまう生徒もいるが、しっかり適応している生徒の方が遥かに多いのだから、男子は意外に可塑性がある。
種なし判定を受けても精子の数がゼロとは限らないので、ごく稀にだが妊娠する事もある、だがこの時期で30とは。
「誰の種だ? それとも複数いるのか」
「いえ、一名でございます、名前は荒川カイト68BD022499です、同学年、上級生、一歳下の中学生、F棟の女性までです」
「確かめたのか?」
「はい、精液検査の結果も確認しましたが“精子の活動を認められず”との判定を受けています、
それから男性活動審査会に問い合わせをしたところ、交接の際の評価は最高ランクでした」
一般女性が性交をした際の統計を取っている男性活動審査会、厳密には政府機関ではなく、公益財団法人。
「日比谷課長、このままではシンフォニア高校が妊婦だらけになってしまいます」
スタリオン学園で未だ着床が無い男子生徒、種なしの判定を受けたのに、着床が続出しているシンフォニア高校の生徒、結論は一つだろう。
「三田!」
「はい」
「部長のところに行くぞ、ついて来い」
「はい、日比谷課長」
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上司である出生管理部の部長は“会議中なので、アポ無しの面会には応じられない”と鉄面皮の秘書。
「クソッ! こんな時に会議なんてやっている場合か」
「どうしたのだね、日比谷課長、君らしくない態度だな」
「これは半蔵門局長、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません、火急の件で気が急いておりました」
男性管理局の半蔵門局長、50代のはずだが、高額なアンチエイジング施術と代理母出産のおかげで30代前半の容貌。
「どうかな、わたしで良ければ話しくらいは聞いてやるぞ、局長ともなるとなかなか現場の声が届かなくてな」
「是非ともお願いします、半蔵門局長」
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わたしは厚労省の不備を滔々と報告した、部長を通り越して局長に直訴は組織では御法度だが、今は緊急事態だ。
「……ふむ、日比谷君、君の話では、搾精検査の記録が入れ替わっているのではないか? そう言う事だね」
「はい、これは明らかに厚労省の落ち度であると言えるのではないでしょうか」
「なるほど、だが、本当にそうなのか、検証する必要があると思うがね。
スタリオン学園で未だに着床が無い生徒がいる、だが、まだ新入生だろう、最初のうちは緊張して上手くいかない事もあるのではないかね?」
「ですが局長、シンフォニア高校の妊娠続出はなんと説明すれば良いのですか?」
「落ちつきたまえ日比谷君、シンフォニア高校での妊娠も前例が無い訳ではないぞ」
「この時期に30以上も、それも一人の子種ですよ!」
突然3係の三田が声を上げた。
「局長、わたくし、前期管理課、3係を任されております三田と申します、発言をよろしいでしょうか?」
「もちろんだ、現場の意見は大事だぞ」
「2年前に精子の盗難事件が有りましたね、あれはまだ解決していないと記憶しておりますが」
冷凍保存された精子の数が合わないと騒ぎになった事がある、単なる員数チェックミスと言うことで落ち着いたが。
「そうだな、あの事件は結局うやむやになって気分が悪かったよ」
「もしかしたら盗難された精子が市中に流通しているかもしれません」
「三田、お前……」
「日比谷君、今日は現場の意見が聞けて良かったよ、忙しい所すまなかったな、仕事に戻っても良いぞ」
「…… 分かりました、失礼致します」
「あー、待て、三田君だったな、君は残ってくれ、話しがしたい」
わたしの出世もここまでか、それなりの行政職の等級だから、何らかの役職にはつくだろうが、出世の階段に戻る事はないだろう。
官僚も局長クラスになると貴族と同じです、逆らったり、意に沿わない発言をする様な部下は出世の階段を外されます。