60.敏腕編集者 ◆ 十六モモ ◆
主人公の性癖について一つ、ブサ顔と言うか地味な顔を選びがちです、
“ブサ顔が好き”と認めるのは、相手が可哀そうだからしません。
女の子に優しい性格です。
わたしの名前は十六モモ、母と妹と帝都に住んでいます。
母は公共交通系の職員なので出勤は不規則、必然小さい頃からわたしが妹の面倒を見ていましたので、面倒見は良い方だと思いますよ。
そうそう、母の職場のメトロ、大都市鉄道公社の略称で、帝都の地下を網の目の様に走り回っている線路網の事ですよ。
都市間交通システムのチューブとはダイヤの過密さは段違いです、わたしも高大の通学で、そして今も通勤でお世話になっています。
自慢の妹、雨璃菜ちゃん、もう大学生の彼女を“ちゃん”つけで呼ぶのはどうかと思いますが、わたしにとっては何歳になっても雨璃菜ちゃんですよ。
小さい頃からわたしが面倒を見て上げていましたからね。
彼女は寡黙で、一つの事に打ち込むタイプ、愛想が無い訳ではないのですが、人と接するのが苦手な部分があります。
反面わたしは、何でもそつなくこなし、勉強もスポーツもそこそこ、友人も大勢いますけど、何と言うか、たいして勉強をしなくても、全教科80点をとれますが、一生懸命勉強しても80点代止まり。
物事を極めて一番になるタイプではなく、苦手教科はないけど、大好きな教科も無い、そんな人間です。
高校はまずまずの進学校に進み、国立は無理だから、そつなく私学を狙います、和久田大と紅葉大が私学二強と言われていますが、この二校は大学から入っても意味は有りません、詳しい説明は割愛しますが、最低でも付属中からでないと、ブランドの価値が無いのですよ。
実際の私学の一番上は柔地大、その下がマルシェ。
市場の事ではありませんよ、大学の頭文字をアルファベットで並べるて読んだのがマルシェです。
そつなくマルシェに入学したわたし、ありがちな量産型女子大生と揶揄されますが、量産型の汎用性が一番高いのですよ。
自宅通いとはいえ、大学生になると、色々な面で大人になります、その中でも一番の変化が“性”に対する姿勢でしょう。
中高生の頃は熱にうかされた様に男を探しまわっていました、もちろんネットの上の話ですよ。
一人で身体の手入れをする時は、男の子の姿を思い浮かべていました、もちろん今でもそうですけど。
何と言えば良いのでしょうか、男の人と実際に出会える訳ないし、アニメのキャラみたいな位置づけに変わって行ったような、うーん、出版社に勤めているのに、上手く表現できませんね。
そう、マルシェでサークルのサブリーダーをやっていたわたしは、小集館と言う大手出版社に就職しました。
出版社の中でも花形とも言うべき編集部、プチ・ジュニと言うローティーン向け雑誌の編集をそつなくこなしていたわたしですが、とんでもない案件を抱え込む事になりました。
スモープロジェクト、向かい合って力比べをする格闘技を広げる事。
最終的には年齢別の競技団体が出来、それを統括する機構を作ると言う、規模も期間も桁違いのプロジェクトの嚆矢を任されたのですよ。
まずはローティーン向けに競技の紹介、そしてスモーのマンガや小説を連載し、垂直展開。
話しを聞いた時には“大丈夫?”と言うのが感想でした、力比べみたいな競技を女の子が好んでしますかね?
そんなわたしのクエスチョンマークを吹き飛ばすのが荒川カイト君。
まだ男性居住区から来たばかりの15歳、超絶美形な男の子、初めて見た時はアニメのキャラかと思いましたよ。
そんな彼がプチ・ジュニの部活特集のモデルをしてくれると言うではないですか。
都内の中学校を貸し切って、陸上部やバスケ部の部活写真を撮るのですが、レベルが違うのですよ。
普通のモデルさんだと、数百枚撮って、使える写真が数枚、なんて事がザラですけど、カイト君はどの写真もハズレ無し。
急いで編集長に電話して、急遽陸上部特集に差し替えてもらいました。
これからプチ・ジュニでは月替わりで部活特集を組みますよ。
こんなカイト君を紙面だけに閉じ込めておくのはもったいないですよね。
▽▽
部活撮影から二週間が過ぎました、小集館の玄関ロビー、応接室に通す程でない一般の来客は、玄関ロビーのパーティションで区切られた席に案内されます。
「……十六様、こちらがトレーディングカードの見積もりとなります、内容は両面カラー、表面にはPPと言って、透明の膜を張り付けるのですけど、その中でも単価の高いホログラムPPと言う素材での数字となります」
差し出された見積書を精査しているけど、思ったほど高くないと言うのが感想です。
「トレカって高値で取引されているけど、原価はそれ程でもなくて、安心しました」
「大切なのは印刷されるコンテンツですから、権利に付加価値がつくのですよ、どの様なカードをお考えか知りませんが、まずは御社の版権管理をする部門としっかり相談をする必要があるかと」
実はまだ版権管理部には何の相談もしていないです。
版権管理部とは、小集館のコンテンツが不正に使われていないか、鵜の目鷹の目で探し回り、少しでも怪しい人を見つけると、肉食系の弁護士が飛びかかって行くような部門ですよ。
「ええ、それはもちろん、ところで、カードの両面はカラー印刷ですけど、人物とかも印刷出来るのですか?」
「オフセット印刷ですから、問題はありません、スポーツ選手のカードも有りますし。
ですが、男性の写真はダメですよ、以前それを売って大目玉を喰らった業者がいますからね……」
▽
「……それではまた、お願いします」
お辞儀をしてトレカ会社の営業を送り出したわ。
「あれ? さっきの人、スカーレットカードの営業さんじゃないですか?」
いきなり後ろから声をかけられた、製作部の伊予恭子、柔術経験者の彼女は頭一つ大きいです。
「あら、良く知っているわね」
「そりゃまぁ、元製作部ですからね」
外注発注担当の彼女、現在はスモー専従となって、通電堂とかに出入りしています。
彼女に相談してみますか。
「あのさぁ、わたし今プチ・ジュニでカイト君を担当しているじゃない……」
「ダメですよ! カイト君をトレカにしちゃダメです」
最後まで言う前に、結論に達するとは、やはり誰でも考え付く話しなのね。
「ああ、ちょっと待って、最後まで聞いて、いや、企画書を見てもらった方が早いわね」
わたしはクリアファイルを伊予恭子に渡します。
ペラペラと数枚の紙をめくった彼女。
「男性のトレカではなく、あくまでも楽器のトレカと言う形なのですね、普通のカードは女の子が楽器を持っているだけだけど、レアカードはカイト君が楽器を持っているカードですか」
「どうかな? 見積もりももらったし、筑邦さんのところに行きたいんだけど、付き合ってくれない?」
▽
「今は、却下だ! 十六」
「はぁ、今はとは?」
「お前は、雑誌編集専属だから、知らないかもしれないが、カイト君のマーケッティングの方針と合わない。
MMバーガーと下着のキンセが動いていると思うが、どちらも特定の商品を売るためではなく、ブランド広告だ」
「はい、確かに」
「更に、通電堂からは都市交通公社と新東ケミのブランド広告の話しが来ている。
荒川カイトに特定の商品で色を付けるには早い、ブランド広告で知名度を上げる時だ。
そもそも、最初の目的を思い出せ、スモーの知名度を上げる事だろう、荒川カイトの知名度を上げる事ではないぞ」
「いえ、自分が先走っていました」
「そうか、カイト君は今週末には講英社の撮影があるからな、予定は組んでないだろうな」
「筑邦さん、講英社はライバル会社じゃないですか!」
「それも、スモーの為だ、
「納得は出来ませんが、理解はしました」
「まぁ、それでよい、それから、その企画書は捨てるなよ、引き出しの上の方にしまっておけ」